チェスブロウの概念の真髄となる
「当たり前」の数々
こう見てくると私たちは、いくつかの至極当たり前の原則や事実にたどり着きます。
そもそも、世の中のどこにビジネス・チャンスがあり、何が足りないのかを探る。そこで何をして、どのように稼いでいくのか。ちょっと理屈っぽく言えば、「どういうお客様に、どのような価値を届け、どのように収益を得るのか」。これはビジネスの最も基本的な出発点であり、原則です。
これを忘れ、「オープン・イノベーションの手法を採用すれば道は開ける」と考えるのは本末転倒、目的と手段をはき違えた取り組みになります。
実際、オープン・イノベーションの成功例として紹介されるP&Gの取り組みは、製品化したいものが明確で、収益予測も立てやすいからこそオープン・イノベーションを活用しているのです。その狙いは、P&Gが「R&D」ではなく「Connect&D」と言っていることに表れています。
そもそもR&Dの難しさは、技術と市場を結ぶことにあります。
未成熟な市場であれば、機能という価値を提供することで足ります。実際、日本産業は、これで発展してきました。機能という価値の提供は、提供者にもわかりやすいものです。軽薄短小のように機能は定量化しやすく、開発の承認も取りやすく、社内の開発ベクトルも合わせやすい。
ところが今求められている製品は、機能のオーバーシューティングとはまったく異なる、消費者の多様な感性を刺激するものです。アップルのスティーブ・ジョブズが、「ユーザーが手にしたときに、欲しかったのはこれなんだ、と本人さえ気がついていない欲求に応える」と語ったように、成熟した市場では、徹底したユーザー認識、顧客志向が不可欠なのです。
日本企業のなかにも、こうした認識を深め、さまざまなイノベーションを生み出している企業があります。
例えば東レです。一言で言えば、東レは繊維を「牛耳ろう」としています。ユニクロのリクエストに対応した高機能繊維の開発から、航空機に使われている炭素繊維、さらに水処理膜などまで、個別の要素技術を高度化させることで高い品質につなげ、「繊維に関する総合性の高さ」によって他社にはない競争力を創造しています。
単なる高機能性だけでなく、用途開発、さらに水処理施設の運営などまで手を広げ、「どこで」お金をもらうのかがきわめて明確です。実は、総合性への挑戦は手間もコストもかかるのですが、あえて挑戦することで誰にも作れないものを創っているのです。
化学産業でも似たようなケースがあります。例えば、液晶材料の開発では、徹頭徹尾、取引先の意見を受け入れ、さらには取引先が気づいていない技術課題を逆提案するほどの事業を展開しています。
一連の過程で、他社の技術が必要になれば、その時に力を借りればよいのであり、それこそがオープン・イノベーションなのです。
チェスブロウは、それまでの研究開発を「クローズド・イノベーション」と表現しましたが、これにはちょっと異議ありで、そもそもクローズドで起きたイノベーションなどありません。他者の協力、先人の業績や知恵など、イノベーションは常にオープンな環境の中で生まれています。その核になるのが、やはりビジネスの基本的な原則なのです。