3Dプリンターは草の根イノベーション
ダイナミック・ケパビリティのすすめ
最後に、最近、急速に普及し始めている3Dプリンターの可能性に触れながら、日本のものづくりの将来を考えてみましょう。
簡単に言ってしまえば、3Dプリンターは、ちょこまかした、それでいて魅力ある製品を生み出す起爆剤になっていくでしょう。例えばスリーエムのポストイットのような、小さくてもなくてはならない商品の開発です。
3Dプリンターの可能性にいち早く着目したのが、ナヴィ・ラジュらインドを中心とする学者グループです。近著『Jugaad Innovation』のコンセプトは「Fail Fast, File Cheap, Fail Often」。早く失敗すれば安く済む、安く済むから何度でも失敗できる。従来のように大資本の大規模研究所で多数のスタッフがプロジェクトに挑むものづくりでは、もはや消費者と共鳴したものづくりはできないと説いたのです。
これは「Democratization Technology」の地平を開きます。かつて秋葉原で部品を買い集めてラジオを試作していた少年たちが、後にイノベーションの担い手になっていったように、3Dプリンターは草の根イノベーションの水源になっていく可能性があるのです。実際、日本人は、「匠」という言葉に象徴されるように、細かくても生活を変える影響力の強い物を生み出すのが得意ですし、大好きです。その点でも、3Dプリンターは日本のものづくりを再興する一つのきっかけになるように思えます。
現代は、「いかにつくるか」ではなく「何をつくるか」の時代です。そこでは、大量生産・大量消費、大量廃棄のものづくりの発想は機能しません。たとえ物は小さくても、消費者から強い支持を得たりする製品が、世界の生活を劇的に変えていきます。
日本は、課題先進国といわれるほど、多くの社会的な課題を抱えています。高齢化、少子化、経済成長の限界、資源もエネルギーも乏しい、成熟した消費者の要求の緻密さ等々。そして、中国は少子化政策の浸透で明らかに分岐点を迎えており、インドネシアにおいても日本と同様の課題が指摘されるようになりました。
日本が先駆けとしてこうした課題に向き合い、課題を解決していく製品を生み出す苦労を味わうのは、次の再生に向けた陣痛でもあるのです。先に悩んだほうが勝ち。なぜなら、世界の国々は着実に、“日本化”しているからです。
それに挑戦する技術者たちには、自分で感じ、自分で考え、そして歴史の蓄積に学んだ知恵を活用する作業が求められます。そこで浮かび上がってきた構想こそ、次なる主力商品となっていきます。
そして、技術者たちの活動を促すのが「創発戦略(ダイナミック・ケパビリティ)」です。手本でも、べからず集でもない。引き出しを増やすことでもない。あくまでも自分の感性や問題意識をベースに、異なる発想者との交流や歴史に学んで技術戦略を練っていく。
スタンフォード大学ビジネススクールのロバート・バーゲルマン教授の著書に「Strategy is Destiny」という言葉があります。Strategyは、自分の意志によって企てるものです。Destinyは、宿命です。その相反する概念がis で結ばれているのは、禅問答のようですが、戦略を立ててこそ過去の学びは力を発揮するということ。
私は、東京理科大学専門職大学院MOT専攻で、技術戦略のケーススタディを中心にした授業を担当していますが、社会人の学生さんたちとは、「授業内の情報は非開示」という約束の下、各社の取り組みを皆で議論しています。理論としてのMOTだけでなく、創発戦略を実現する基本的な能力育成こそが、次なる時代への種になると信じての取り組みです。