「No」を「New」に変える
HALのここまでの歩みは平坦な道ばかりではなかった。山海社長は筑波大学教授として企業と連携しながら研究開発に取り組んでいたものの、企業の研究所から派遣されてきた研究員に事業化の話をしてもめどがつかず、2004年に自らベンチャー企業を立ち上げる。
「ロボットスーツHAL®」
Prof. Sankai, University of Tsukuba / CYBERDYNE Inc.
しかし、目の前には問題が山積していた。
「No Market、No User、No Industry、No Professional、No Social ruleの5つのノーが立ちはだかっていました。市場、顧客、産業、人材、社会ルールという、新産業の創出におよそ必要と思われるすべてがなかったのです。でも、5つのNoがすべてNewに変わったとき大きなサイクルが生まれるという確信だけはありました」
そこから「No」を「New」に変える挑戦が始まった。革新技術が社会実装されイノベーションとして展開されるにはどれが欠けてもいけない。例えば、社会のルールや仕組みへの対応もその一つだ。
「HALは革新的なテクノロジーだったので、第三者認証機関の方々が参照するルールや規格がありませんでした。規格がないと認証の発行も円滑にいかず、市場も広がりません。ないなら自分が創る。そう考えて国際標準化機構(ISO)の会議に参加しました。オブザーバーから始め徐々に存在感を高めていき、規格づくりを主導するエキスパートメンバーになることができました。会議に参加している日本の他のメンバーの方々とも連携し、継続的に会議に参加しています」
こうした規格づくりが日本主導で行われるのは極めて稀なことだ。しかも、ルールを決める一方で、独立した第三者認証機関から監査を受け、世界で最初の認証取得も実現した。アンビバレントな立場上、高い倫理性が求められるため、普通なら回避する選択だが、「このままでは貴重な革新技術が塩漬けになってしまう」という強い思いに突き動かされた。
そして2013年2月、生活支援ロボットの国際規格ISO/DIS13482認証を世界に先駆けて取得したのは、当時すでに医療福祉施設向けに展開されていた医療機器でない福祉用のHALだった。その前年には医療機器の品質マネジメントシステムの国際標準規格であるISO13485も、ロボット治療機器の設計開発・製造・販売業者としては世界で初めて取得していた。これにより、社会ルールの課題はクリアされたことになる。
顧客開拓も緻密な計算に基づいて実行した。先行したドイツでは公的労災保険機構と提携して、中核病院に無料でレンタルした。使用に応じて労災保険から支払われる医療費を、サイバーダインと病院がシェアする仕組みだ。
「販売ではなくレンタルにしたのは数を売るよりも、社会に実装することが大切だと考えたからです。レンタルにしておけば正しい使われ方をしているかどうか確認できるし、取得したデータを基に改良を重ねて常に最新のバージョンを提供できます」