省力化が介護の質を上げる
導入の遅れが目立つ介護ロボットだが、介護職員に仕事を辞めた理由を訊ねると、低収入や職場の人間関係などとともに長時間勤務や腰痛が上位に挙がる。省力化を実現して介護者の負担を軽減できるロボットの実用化は、ますます深刻化する人手不足の解消に欠かすことのできない対策の一つだ。
それでは、どんなロボットなら介護現場に受け入れられるのか。この問いを解くカギは、開発サイドの質問の仕方にあると入江氏は言う。
「何が大変かではなく、あなた自身がしなくてもいい作業は何ですかと聞いてみてください。あなたの存在が大切だから、あなたでなくてもできることはロボットにやらせて、空いた時間を人間にしかできないことに回してください。こういうアプローチの方法なら、現場の真の声が反映された受け入れられやすいものがつくれるはずです」
オリックス・リビングは介護される人と介護現場、そして開発サイドの間の溝を埋めるため、介護ロボットの研究、開発をメーカーと共同で行うイノベーションセンターを2013年に開設した。実際のホームを再現して、介護現場の真のニーズを製品開発に生かすほか、実証試験や販売も支援する。
その背景には、オリックス・リビングでは、介護保険に依存しないビジネスモデルを構築してきたことが挙げられる。
「介護ビジネスを本当の意味で産業化したいと考えています。介護保険の点数を取りにいくのではなく、きちんと価値を提供して、入居者やご家族からサービスに見合った対価を直接いただけるようにする。そのためには介護の質を上げることが不可欠です」
オリックス・リビングの考える介護サービスにおける質は、「入居者とのコミュニケーションを豊かにする」ことだ。たとえば移乗や食事の介助をする際に、被介護者の目をみて話しかけながらゆっくりと行う。現状ではこうした余裕のない現場も多いが、ロボットの導入で省力化が進めばその時間がつくれる。
ただし、そのためには技術志向やロボットありきの開発から脱する必要がある。オリックス・リビングのような介護の現場をよく知る事業者とメーカーが一緒になって開発にあたるのは、現場で本当に使える技術にする上で有効な取り組みといえる。
こうした試みと並行して、介護業界独特の文化や価値観も見直されるべきだろう。省力化や効率化が可能なことはできるだけして、より付加価値の高い仕事に注力する。その結果、介護が他の産業と同じようにビジネスとして自立できれば、さらに良質なサービスを継続的に提供できるようになる。
程度の差こそあれ、日本以外の先進国と現在の新興国もやがて高齢化の道を歩むことになる。ニーズにマッチした最先端のロボット技術と、高いホスピタリティを組み合わせた日本の医療、介護サービスは、日本の課題を解決するだけでなく、世界の課題を解決する可能性を秘めている。
より柔軟に考えるのならば、コミュニケーションを人間の専担事項と決めつける必要もないだろう。人や動物の型をしたコミュニケーションロボットの介護現場への導入も始まっている。ソフトバンクロボティクスが開発した人型ロボットPepperも介護施設などで実証を行い、高齢者向けに会話の内容やスピードを修正し、身体機能の改善につながるエクササイズや認知症のケアに利用できるアプリケーションも開発された。
コミュニケーションロボットは期待通り、認知症患者に対し高いセラピー効果があることが複数の実験で明らかになっている。また、暴言や同じ話を繰り返し聞かされることで生じる介護者の精神的ストレスが、ロボットによって大幅に軽減される点も見逃せない。
一方で、一部の高齢者に抵抗があるのも事実。頭も身体もしっかりしているのに、高齢だからといってロボットに世話されるのは違和感があって当然だろう。お仕着せではなく、高齢者や認知症患者一人ひとりの状態や要望に合わせた細やかな設定ができれば、コミュニケーションロボットの活躍の場はさらに広がるはずだ。