注目すべき2つめの動きは、製造業に関するものだ。カンボジア、ラオス、ミャンマーのCLM国境近くの辺境の地に、相次いで生産拠点が新設されている。なぜ国境エリアなのか。その理由を牛山氏は「2つの国のいいとこ取りができるから」と説明する。
たとえば、タイとカンボジアの国境近くで、カンボジアの安い労働力を使ってつくったものをタイの整備された港湾から出したり、ベトナムの電気料金がカンボジアの半分程度なのに目を付けて、ベトナムの工場でカンボジアの低廉なワーカーを雇用する日系企業がある。タイとカンボジアの国境のポイペトでは豊田通商による工業団地の開発も進んでいて、国境をまたいだモノとヒトの行き来はますます活発化しそうだ。
そして3つめは、現地の元気のいい企業の成長を取り込む動きだ。
三井物産はマレーシアのIHHヘルスケアに出資することで、年率2割もの成長が見込まれるアジアの医療産業に参入した。IHHは12カ国に39の病院と、2万5000人を超す従業員を擁する世界最大級の病院持ち株会社である。
三菱商事はシンガポールに拠点を置く東南アジア最大の食糧メジャー、オラム・インターナショナルの発行済株式の20%を取得したほか、タイ飲料大手のイチタンと合弁会社を設立してインドネシアの飲料市場に参入している。
“中所得国の罠”を一緒に乗り越える
日本企業にとってASEANは、儲けやすい地域といえる。長年にわたって築かれた投資蓄積や良好な関係のおかげで、ASEANにおける日本企業や製品、そして日本人に対する信頼は厚い。投資収益率は、対欧米がともに5%程度、対中国が7%強なのに対して、ASEANは9%を超す高い実績を上げている。
裏を返せば、負けられない市場であるともいえるが、牛山氏はそうした先発優位がいつまでももつわけではないと釘を刺す。
「インドネシアに在留する日本人の数は韓国人の3分の1以下、ベトナムでは10分の1程度です。カンボジアには日本からの直行便が飛んでいないのに、韓国の仁川からはプノンペンとアンコール・ワットのあるシェムリアップに毎日飛んでいる。例を挙げればきりがありませんが、国レベルでも民間レベルでも、ASEANシフトの本気度に差があると言わざるを得ないでしょう」
韓国だけではない。中国も欧州も必死で攻勢をかけるなか、このままでは開花のときを迎えた6億人の市場の成長をみすみす逃す結果になりかねない。積み上げた過去の資産を無駄にしないための戦略は、業種ごと、企業ごとに異なるが、共通して持つべき視点にパートナーシップが挙げられる。
遅かれ早かれASEAN各国も、賃金上昇や労働人口の減少で成長が鈍化する“中所得国の罠”に陥る。これを突破して先進国の仲間入りをするには自律的なイノベーションが不可欠となるが、そこに日本が積極的に関わって各国のもう一段の成長を後押しできれば、低廉な労働力や内需を狙うだけの世界の競合とは一線を画すことが可能となるだろう。