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モビリティ羅針盤~クルマ業界を俯瞰せよ 佃義夫

トヨタとスズキの緊急会見から
「二大創業家」が迎えた転機を読む

佃 義夫 [佃モビリティ総研代表]
【第8回】 2015年7月3日
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会長CEOに鈴木修氏(右)、社長COOに鈴木俊宏氏が就任し、新体制がスタートしたスズキ
Photo:REUTERS/AFLO

期せずして相次いだ緊急会見
トヨタとスズキに何が起きた?

 6月、自動車業界で緊急会見が相次いだ。

 1つは、6月30日のスズキ社長交代会見、もう1つはそれを遡る6月19日に行なわれた豊田章男・トヨタ社長の謝罪会見だ。

 その会見内容は全く別ものだが、奇しくも両社は創業家をトップに置く日本の代表的な自動車メーカーである。トヨタの豊田家、スズキの鈴木家、共に織機(織物機械)から自動車メーカーへと業態を変えた企業としての歴史も似ている。

 創業家をトップに戴くトヨタとスズキに、今何が起きているのか。両社はこれからどこへ向かうのか。今回は、それぞれのトップによる緊急会見から、「二大創業家」が迎えた転機を読み解こう。

 まずはスズキだが、今回、自動車業界最長老の鈴木修会長兼社長が、長男である鈴木俊宏副社長の社長昇格を決めて、記者会見に臨んだ。俊宏氏は、スズキの前身となる鈴木式織機製作所の創業者、鈴木道雄氏からの創業家出身者となる。

 鈴木修氏は、言わずと知れたスズキのワンマン経営者。1978年の社長就任来、実に37年に及んでトップを務め、「俺は浜松の中小企業のおやじ」と言いながら日本の軽自動車をここまで育て上げた。インド市場での高シェア・高収益を確立させた経営力は、つとに有名である。

 スズキは、株主総会の最盛日だった6月26日に浜松で株主総会を行った後、30日に臨時取締役会を開き、スズキ創業家の鈴木俊宏副社長(修氏の長男)の社長昇格を決めた。会長CEOに鈴木修氏、社長COOに鈴木俊宏氏という新体制で、東京のホテルにて会見に臨んだ。今回のスズキの社長交代に関しては、メディア関係者は30日午後、スズキから突然の記者会見案内が送付されて社長交代を知ったのである。

 ただ裏側から見ると、自他ともに認めるスズキのワンマン・鈴木修氏の胸三寸で長男俊宏氏へ社長が禅譲されるのは、時間の問題とされていた側面もある。鈴木創業家は女系だ。二代目社長の鈴木俊三氏が先代の娘婿で、その俊三氏に見込まれ娘婿としてスズキ入りしたのが鈴木修会長である。

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佃 義夫[佃モビリティ総研代表]

つくだ・よしお/1970年、創刊86周年(2014年2月時点)の歴史を持つ自動車産業日刊専門紙『日刊自動車新聞社』入社、編集局に配属。自動車販売(新車・中古車)・整備担当を皮切りに、部品・物流分野を広域において担当した後、国土交通省・経済産業省など管轄官庁記者クラブ、経団連記者クラブ(自工会分室)と、自動車産業を総合的に網羅し、専任担当記者としてのキャリアを積む。その後、該当編集局内における各分野のデスク・論説担当編集局次長を経て、出版局長として自動車産業オピニオン誌『Mobi21』を創刊。以降、取締役編集局長・常務・専務・代表取締役社長を歴任。45年間の社歴全域で編集・出版全体を担当、同社の「主筆」も務める。日刊自動車新聞社を退任後、2014年に「佃モビリティ総研」を立ち上げ、同総研代表となる。


モビリティ羅針盤~クルマ業界を俯瞰せよ 佃義夫

「自動車」から「モビリティ」の時代へ――。クルマ業界が変貌を遂げつつあるなか、しのぎを削る自動車各社。足もとで好調を続けるクルマ業界の将来性と課題とは、何だろうか。日本の自動車産業・クルマ社会をウオッチしてきた佃義夫が、これまでの経験を踏まえ、業界の今後の方向・日本のクルマ社会の行方・文化のありかたなどについて、幅広く掘り下げ提言していく。

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