
日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「見なくてもわかる、読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第58回(2025年6月18日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)
アンパンマンの「起源」になった
やなせたかしの戦場での空腹体験
「正義は逆転する。じゃあ、決して引っくり返らない正義ってなんだろう。 おなかをすかせて困っている人がいたら、一切れのパンを届けてあげることだ」
『あんぱん』第1話で嵩(北村匠海)がつぶやいていたセリフだ。
やなせたかしは戦場の空腹体験から、自らの頭をちぎって差し出すアンパンマンのアイデアを考えたという。
その空腹体験が第58回で描かれた。15分という短い時間で、戦争という逆境のなかで人の善意も悪意もまざりあった地獄絵になっていた。
戦況が芳しくなく、補給路が絶たれ食糧難に陥った嵩たちの軍隊。最初は薄い粥だったのが、乾パン数個になってしまった。
すっかり絶望する者たちに「救援隊は敵の包囲網を突破して必ずやってくる」と神野(奥野瑛太)だけは弱音を吐かない。
嵩は、もしかしたらこの乾パンは朝田パンで作ったものかもしれないと思いを馳せる。
だが、朝田パンでは材料がなくなって乾パン作りもできなくなっていた。皮肉にも、墓石作りの仕事は増えている。亡くなった若者たちのために釜次(吉田鋼太郎)が休む間もなく墓石を彫っていた。
働き盛りの若者が戦場で死に釜次のようなお年寄りが生き残る。お年寄りが長生きなのは本来いいことだが、このシチュエーションは切ない。
働き盛りの男性がいないので、力仕事を女性が行っている。民江(池津祥子)は腰を痛めてもなお懸命に働いている。
のぶ(今田美桜)は生徒たちと共に農家のお手伝いをしながら授業をしていて、疲労が溜まっていた。「お国のために」という勇ましさはどこへやら。
どんなに本国でおんな子ども(あえてそう書く)が頑張っても戦場の男たちの体験している地獄のような苦しみを救うことはできない。