[基調講演]
個人のキャリア自律と継続学習がカギ

企業・個人双方の成長につながるタレントマネジメントとは基調講演を行った、慶応義塾大学大学院理工学研究科特任教授の小杉俊哉氏

 続く、基調講演の講師は、慶応義塾大学大学院理工学研究科特任教授で、『リーダーシップ3.0――カリスマから支援者へ』などの著者、小杉俊哉氏。「企業のこれからの成長に必要な社員のキャリア自律と継続的学習の重要性」というテーマの下、キャリア自律が個人と企業にとってどんな意味があるのか、なぜ必要なのかという話からスタートした。

 キャリア自律の考え方は、1994年に『Harvard Business Review』に掲載された論文で初めて登場した言葉だ。その後、2000年に小杉教授らがキャリア自律プログラムを日本に持ち込んだ。

「論文の内容を簡潔にいうと、それまでは従業員のキャリア形成は企業が責任を持っていたが、もう個人に委ねなければいけない。従業員自らがキャリアをつくる責任があるということを唱えたものでした。これがキャリア自律の起源。米国でも25年、日本では20年未満の歴史しかありません」

 当時の日本企業の反応は、「社員が下手に自律意識なんか持ったら、生意気になってマネジメントができなくなる」、あるいは「社員が自律意識なんかを持ったらすぐに辞めてしまう」という冷ややかなものだったという。そもそも自律とはどういうことか。小杉教授は次のように説明した。

「よく混同して使われるのが『自立』と『自律』。自立は一人前になること。親や上司から自立する、給料分をちゃんと働くといったことです。一方の自律は、自分で仕事を創り出して自分の責任において行なう、しかも結果まで含めて自分が責任を持つと意識することで、相当難易度が高い。企業から与えられた課題や辞令であっても、それを受け取った以上、自分事にできるのが自律。しかし、企業で働く人にとって、この自分事にするという意識は極めて薄いと思います」

「自律意識を持つと社員が言うことを聞かなくなるのでは」という点については、具体的な例を挙げて否定した。

「プロの野球選手は個人事業主であり、究極の自律した存在です。来季は今の球団をやめて大リーグに行こうと考えていたとしても、彼らが今のチームの監督やヘッドコーチの言うことを聞かず、個人プレーに走るでしょうか。いいえ、チームに貢献したほうが自分の価値が上がることを知っているから、逆にチームにいかに貢献するかを考えます。これは会社員でも同じ。たとえいつか辞めようと思っていても、今手がけているプロジェクトに必死になって取り組むでしょう。その実績が自分の価値になるからです」

 また、社員が自律意識を持ったらすぐに辞めてしまうという意見には、「今世紀に入って大企業の大卒の新入社員が3年以内に辞める確率はずっと30%台と高いが、そういう企業の社員がキャリア自律の考えを持っているかというとほぼない。辞めるかどうかは自律とは関係ありません」。

 続いて、20世紀のリーダーシップ像を振り返った後、今の時代に適したリーダーシップのあり方について言及した。

「今は自律した個人の存在が大前提。企業に入るのも、その企業を辞めるのも自分の意思。そして、その企業に留まるのも自分の意思。つまり、辞めることだけでなく、残るというのも同じ意思決定なのです。ですから今や、組織と個人、リーダーとフォロアーは、上下関係ではなくて対等であり、かつてとは違うリーダーシップが必要です。今のリーダーに求められるのは、メンバーとの信頼関係を築き、ポテンシャルを引き出す能力です」

 社会環境が目まぐるしく変化すると、今までの儲かる仕組み、ビジネスモデルが使えなくなる。ということは、企業が従業員に教えることができなくなるわけだ。そのため、「従業員には自律してもらい、自分のキャリアを切り開いてもらうことが必要。その代わり、企業は従業員のスキルアップを支援する仕組みや機会を提供する。そういう関係に変わらざるを得ないでしょう」。

 個人に求められる能力については「20世紀にはほとんど問われなかった課題発見、仮説構築の能力が求められています。昔はノウハウが重視されましたが、いまやノウハウはすぐに陳腐化するし、ネットで調べれば誰でもわかる。キーワードは『Know-What(ノウ・ホワット)』。つまり、問題を解くことではなく、問題文をつくること。受験の延長にはない発想が必要」と述べた。

 こうした能力を潜在的に持つ優秀な人材をどうやって見極めるか、人事担当者は次の言葉を覚えておいたほうがいいだろう。

「これからの優秀な人材に共通するのは学習の習慣。どんな有名大学を出ていても難関資格を持っていても、学習が習慣になっていないとそのあとが続かない。どれだけ学習し、変化し続けられるか、ということが今後ますます重要になります」