小売業界におけるDX戦略の最前線

カスタマーセントリックの時代に
生き残る小売業とは

 常に顧客を中心にしながら、EC、モバイル、店舗といった複数の販売チャネルを横断してデータを共有し、顧客接点の最適化を図らなければ、パーソナライズされた購買体験の提供という期待に応えることはできない。そうしたカスタマーセントリックの時代に適応した小売業を「インテリジェントリテール」と兼城氏は定義し、その条件として「パーソナライゼーションを提供」「オムニチャネルでの顧客接点を提供」「現場にモビリティーを考慮したコラボレーションツールを提供」など8つのポイントを挙げた。

 そのうち、「現場にモビリティーを考慮したコラボレーションツールを提供」とは何かを簡単に説明しよう。

 最近では、専用のモバイルアプリをリリースする小売業が増えている。そのアプリで属性情報を入力して会員登録すると、モバイルで買い物ができることも多いが、その属性情報やモバイルでの購買履歴などのデータが、店舗の現場でも共有できるようになっているだろうか。

 先ほど紹介した調査結果の通り、オンラインショップで欲しいものを見つけても、それが近くの店舗でも売っていれば、「店舗で購入したい」と考えている消費者は75%もいる。仮に、顧客がネットでどんな商品を検索した上で来店したのか、過去にネットでどんな商品を購入しているのか、店舗の接客担当者がモバイル端末でそうした情報を確認できれば、よりパーソナライズされた購買体験を提供できるはずだ。

 あるいは、ネットの在庫や他店の在庫もモバイル端末ですぐに見られれば、顧客に合うサイズや色が欠品していたとしても、「ネットで注文いただければ商品をお届けします」「他店からすぐに取り寄せます」といった対応が可能になるだろう。

 本部で顧客情報や購買履歴、店舗とECの在庫を全て把握できていたとしても、そのデータを顧客接点の最前線である接客担当者が活用できないようでは、顧客の期待に応えることはできないのだ。

 そうした課題をどう解決するか。そのアプローチの一つとして、兼城氏は米国の大手百貨店、Macy’s(メイシーズ)のコールセンターで活用されている「バーチャル・エージェント」の例を紹介した。

 AIを活用したいわゆるチャットボットの一種であるメイシーズのバーチャル・エージェントは、ECと店舗の在庫データ、顧客の注文データ、商品の配送データなどを管理するそれぞれのシステムと連携している。

 例えば、「メイシーズのECサイトで商品を注文したいんだけど、配送はいつになるのか」という問い合わせがあった場合、バーチャル・エージェントは配送予定日を回答するだけでなく、「すぐに必要でしたら、お近くの店舗にその商品の在庫があります」「その商品でしたら、割引クーポンが利用できます」といった情報も提供する。

 導入してから1ヵ月以内で、バーチャル・エージェントは全ての問い合わせの4分の1に対応できるようになった。バーチャル・エージェントには難しい高度な対応は、人間のオペレーターが引き継ぐ。オペレーターはバーチャル・エージェントと顧客の間でどのようなやりとりがあったのかを確認できるので、顧客は同じ質問や説明を繰り返す必要はない。

 メイシーズは今後、顧客の購買履歴を分析してお薦め商品を紹介するなど、マーケティング面でもバーチャル・エージェントを活用していく方針だ。

 メイシーズは、マイクロソフトの「Dynamics 365」というクラウド型のアプリケーションを導入している。CRMとERPを統合した機能を持つDynamics 365は、在庫管理、顧客管理、会計管理などのシステムがモジュール化されており、必要に応じてそれらのモジュールを組み合わせることができる。

 メイシーズの場合は、顧客サービス系の「Dynamics 365 for Customer Service」と会計・在庫管理系の「Dynamics 365 Finance and Operations」に、AIソリューションを組み合わせて活用している。

 ネットとリアルの垣根を越えてデータを共有し、顧客接点を最適化できる小売業こそが、カスタマーセントリックの時代を生き抜いていくことになるだろう。

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