データと組織のサイロをいかに壊すかが課題
──AI活用で足踏みしている企業では、社内のデータがさまざまなデータベースやパソコンの中に散在していて、必要なデータがどこにあるのか分からない。あるいは、組織がサイロ化しているために、他の部署のデータを活用できないといった話をよく聞きます。
シバタ 確かにそういう例は少なくありません。データがある程度まとまっている場合でも、社内ネットワークの各所にファイアウォールがあったり、同じ社内でもセキュリティレベルが異なっていたりして、すぐにデータをつなげられないというケースもあります。トレジャーデータが解決するのは、まさにこうした課題ですよね?
データ事業部門バイスプレジデント兼ジェネラルマネジャー
HIRONOBU YOSHIKAWA
早稲田大学卒業後、レッドハット、三井物産を経て、2011年米国シリコンバレーでトレジャーデータを設立。同社が開発するビッグデータ関連技術は米国や日本をはじめとする世界の主要企業で幅広く利用されている。トレジャーデータは18年8月、コンピューターチップ設計の世界大手、英Armの傘下に入った。
芳川 その通りです。当社の役割は「データサイロを壊す」ことです。企業には役割や権限に応じてアクセスしてよいデータとそうではないデータが存在します。そのことがデータ活用の障壁となる場合に、セキュリティやコンプライアンスを確保しながら柔軟にデータをつなげられるのが当社のプラットフォームです。データベースを完全に統合するのではなく、既存のデータベースとは別のところにデータレイクを構築することで、安心して社内にデータを開放できるわけです。
組織のサイロを壊す上で鍵になるのはリーダーシップであり、リーダーが変わらなければ根本的には何も変わりません。とはいえ、トレジャーデータのプラットフォームを使うことによって徐々にデータをデモクラタイズ(民主化)し、ボトムアップでサイロを壊していくチャンスはあります。
シバタ データは量もさることながら質が重要です。クオリティデータを正しく組み合わせたときに新たな価値が生まれ、「1+1=3」になるような瞬間があります。いろいろな場所に散在していたデータが、データプラットフォームによって1つにまとまれば、AIの学習速度は格段に速まり、活用の幅がグンと広がります。その結果、ビジネスの成果が生まれれば、「もっとデータサイロを壊していろいろなデータを組み合わせてみよう」という動きが広がっていくのではないでしょうか。
芳川 そのような流れを定着させるためには、今おっしゃったようにデータのクオリティを確保しなければなりません。よくデータは21世紀の石油だといわれますが、原油も精製しないと製品や原料として活用することはできません。
データの重複や誤記、表記の揺れなどを修正して品質を高めるデータクレンジングは地味で手間暇がかかりますが、その精製プロセスを抜きにしては、「1+1=3」になるような新たな価値は生まれません。ですから、プラットフォームを提供するだけでなく、そうした精製プロセスも支援するのが当社の仕事だと思っています。
──AI活用プロジェクトが停滞してしまうもう一つの理由として、KPI(重要業績評価指標)の設定の難しさがよく指摘されます。失敗の許容や試行錯誤の繰り返しが前提になるプロジェクトをどのようなKPIによって管理していけばいいのでしょうか。
芳川 1つのポイントは、社内でAIプロジェクトをどう位置付けるかだと思います。来月、あるいは四半期中に結果を出すプロジェクトと、数年単位の時間をかけてビジネスのプロセスや業績にインパクトを与えるプロジェクトでは、KPIは大きく異なります。
経営書『キャズム』で脚光を浴びたジェフリー・ムーアは、『ゾーンマネジメント』(原題:Zone to Win)という本の中で大企業ではなぜイノベーションが起きないのかを考察しています。そして、「会社にイノベーションを起こして“将来お金がなる木”を育てるプロジェクトや事業と、現在の稼ぎ頭やコア事業とでは、KPIや組織の仕組み、人事制度など、あらゆるものを別に考えて管理すべき」と結論付けています。
前者に相当するものの一つがAI活用プロジェクトです。これを大きく育てようと大規模にやればやるほどたくさん失敗するでしょうし、時間も労力もかかります。それをコア事業の担当役員が見たら「あのプロジェクトは、うちの事業が稼いだ金を使って、失敗ばかりしている」と考えるのも無理からぬところです。
しかし、それでやめてしまったら会社の将来はありません。組織構造も含めて経営者がコミットし、会社や事業を長いスパンで変えていくんだという強い意思を持たなければなりません。トップが腹を据えれば、企業は変えられるのです。