現場の知見にこそ、一番の宝が埋まっている
アナリティクスとAIを駆使したデータ利活用が成功するケースでは、経営トップの目的が明確で、失敗を恐れず「やりながら軌道修正していこう」と他社に先駆ける意気込みを持ち、仮に抵抗を示す事業部門があれば「私が説明しに行く」といったように自ら変革を主導する姿勢を持っていることが多い。
ただ、初めからこのように全面的にコミットし、変革をリードしているCEOは多くない。CEOのコミットメントを引き出すには、「アナリティクスとAIの導入効果を、CEOに具体的に理解してもらうことが重要です」と山上氏は言う。
アナリティクスとAIの適用領域は、企業によってその優先順位が異なるが、例えば、非中核業務の効率化・自動化、デジタル化を前提とした新事業の企画・開発、熟練技術者が持つ暗黙知の形式知化と共有など、「PoC(概念実証)などを通じて、実行レベルでの成果を経営層にきちんと見せ、アナリティクスとAIの価値を理解してもらい、DX推進を経営マターとして現場に落としてもらう」(山上氏)のである。
そのためにポイントとなってくるのが、要諦の2つ目として挙げられている、「トライアル&エラーを許容する組織文化を醸成する」だ。「複数の施策を試行錯誤しながら、実行レベルの成果を検証する必要がありますから、失敗を許容し、アジャイル(迅速)に軌道修正する文化がないと、アナリティクス&AI活用の障壁となります」(山上氏)。
日本企業では、DX推進のためのチームをIT部門の中に置いたり、IT部門のトップであるCIO(最高情報責任者)がCDOを兼務したりするケースが少なくない。PwCの「CDO調査」によると、2018年時点で55%の企業ではIT部門がDX推進組織を兼務していた。こうしたケースも、アナリティクス&AI活用の障壁となることがある。
シニアマネージャー
アナリティクスを活用したコンサルティングに10年間にわたり携わる。通信・小売・製造・製薬業界を中心にアナリティクス活用、デジタルマーケティングの推進、事業戦略策定、組織変革など幅広い支援を行ってきた。AI・機械学習のビジネス適用を中心に複数のプロジェクトを手掛ける。
IT部門が主導するケースでは、IT部門が従来担ってきた基幹業務システムの開発・運営に求められる”失敗を許さない文化”がそのまま踏襲され、アナリティクス&AI活用を阻害する場合があるのだ。
基幹業務システムの開発・運営における失敗は、開発コストの増大や基幹業務の遅滞に直結してしまうため、失敗を許さない文化が必要だ。しかし、企画・設計・実装・テストというサイクルをスピーディーに回しながら、ユーザーの要求に応じて軌道修正していくデータアナリティクスやAI活用においては、失敗に対する考え方がそもそも異なるのである。
DX推進組織の組成についてPwCでは、データサイエンティストやデータエンジニア、現場をよく知る事業部門のメンバーに顧客を知るマーケティング部門の担当者、リスク管理やITの専門家などを加えた混成部隊とすることを推奨している。それは、要諦の3つ目である「現場の直感とデータによる意思決定の融合を促進する」ためである。
例えば、データサイエンティストはデータを分析することにはたけているが、その分析結果からどのようなインサイト(洞察)を得て、価値を生み出すかという点については、現場担当者の知識と経験が生きてくる。
「データサイエンティストが主導する推進組織だと、現場の知見が軽んじられることがありますが、実はそこに一番の宝が埋まっています。ですから、事業部門のメンバーが主体的にアナリティクスとAIを駆使したデータ利活用に取り組むことで、事業の変革をドライブできるのです」(藤川氏)