メイヤー カルチャーショックだったでしょうね。
鴨居 カルチャーマップの8つの指標のうちの一つに「評価」がありますが、当時の私は部下に対して否定的なフィードバックをかなり直截的に伝えていました。文化の違いによって、フィードバックの仕方も変えたほうがいいという知識がなかったのです。それに、素晴らしいパフォーマンスを発揮している社員に対して、もっとポジティブなフィードバックを与えるべきだったと思いますが、それもしていませんでした。
いまならカルチャーマップを活用したり、インターネットで異文化マネジメントについて学んだりできますが、当時は手探りでマネジメントするしかありませんでした。
INSEAD教授
フランス、シンガポール、アブダビにキャンパスを持つ世界的なビジネススクール、INSEADの教授。同校のエグゼクティブ教育プログラム「Leading Across Borders and Cultures」のディレクターを務める。著書に『NO RULES 世界一「自由」な会社、NETFLIX』(共著、日本経済新聞出版、2020年)、『異文化理解力』(英治出版、2015年)。
メイヤー そうでしょうね。オランダに住んだことがあるのなら、オランダ人の社会心理学者、ヘールト・ホフステード博士についてお聞きになったことがあるかもしれません。企業経営における異文化マネジメント研究のパイオニアの一人で、私の研究はこうした先駆者たちの成果を受け継いでいます。
私が研究を重ねる中で気づいたのは、先駆者たちが開発したフレームワークにはいくつか欠けている要素があるということです。その一つが、ローコンテクスト文化とハイコンテクスト文化の違いです。米国のように直截的でシンプルなローコンテクストなコミュニケーションをよしとする文化もあれば、日本や中国のように婉曲的で言葉に含意を持たせるようなハイコンテクストな文化もあります。ですから、「コミュニケーション力が優れている」といっても、ローコンテクスト文化の国とハイコンテクスト文化の国では、その意味するところが大きく異なるのです。
もう一つ、鴨居さんがおっしゃった評価のフィードバックに関する実証的な研究もありませんでした。たとえば、フランス人は米国人よりもハイコンテクストなコミュニケーションを好みますが、否定的なフィードバックに関しては米国人のほうが婉曲的で、フランス人は直截的です。
私の調査によれば、日本の経営者は部下に積極的にフィードバックしないことが多いようですね。暗黙の了解で、「言葉にしなくてもわかるだろう」という感じです。しかし、もし米国人のチームを率いるリーダーの立場だったら、それは通じません。フィードバックがないということは、ネガティブな評価だと受け取られるからです。
カルチャーマップで重要なのは、8つの指標に関して自国の文化が他国と比較してどこに位置しているのかを知ることです。その相対的な位置関係に基づいて、コミュニケーションや評価などの仕方を調整できれば、文化の隔たりを埋めることができます。
文化で異なる解釈の違いを橋渡しすることが重要
鴨居 私の経験をもう一つご紹介します。あるグローバル企業のコンサルティング事業の日本人責任者として、世界各国の候補者からパートナーを選出する評価委員会のメンバーを務めたことがあります。候補者一人ひとりのプレゼンテーションを聞き、グループディスカッションの様子を見て、誰をパートナーに昇格させるかを決める委員会です。
その委員会の中で日本人は私一人だけ、あとは欧米人でした。あるインド人の候補者は非常にアグレッシブで、プレゼンテーションでは自分の実力を強くアピールしました。そして、グループディスカッションでも最も多く発言し、議論をリードしているように見えました。
一方、日本人の候補者も一人いて、彼が素晴らしい業績を上げていることを私はよく知っていましたが、委員会に対するプレゼンテーションでは淡々と自分の実績を述べていました。また、グループディスカッションでは、他の候補者たちの意見をよく聞き、発言は少なめでした。
評価委員会ではこのインド人と日本人のどちらをパートナーに選ぶのかが議論になりました。私以外のメンバーでは、インド人を推す声が圧倒的でした。そこで私はこう主張しました。「グループディスカッションの様子をよく思い出してほしい。彼の発言は少なかったが、その内容は論理的で的を射ていた。そして、他の候補者たちの意見を取り入れながら、結論を導き出していた。実際にグループとしての最終結論は、彼の提案通りになったではないか」と。
その結果、日本人候補者をパートナーに昇格させることが決まったのですが、私が異文化の橋渡しをしていなかったら、結果は違っていたかもしれません。