強みである「権限委譲」は
課題ももたらしている

佐藤智恵氏

 佐藤 ドン・キホーテはアマゾン・ドット・コムとは対照的なビジネスモデルをもとに成功してきた企業です。オンラインショッピングが主流になる中で、ドン・キホーテはその独創的なビジネスモデルを維持していけるでしょうか。

 カザダスス=マサネル 2000年にアマゾン・ドット・コムが日本市場に参入すると、ドン・キホーテは自らの強みである「店舗への権限委譲」を逆に強化していきました。

 オンライン小売業者が台頭する中で競争力を保つには、ハイパーローカル市場のニーズを的確に捉えて、実店舗の魅力を増していくしかありません。そのため、各店舗の現場の社員の目利き力やプロモーション力などがより重要視されることになったのです。

 この地域密着型の店舗づくりを徹底することによってドン・キホーテはオンライン小売店との差別化に成功し、これまで順調に増収増益を達成してきました。

 一方、ドン・キホーテの強みである「権限委譲」は課題ももたらしています。

 一般的な大手小売企業とは違ってドン・キホーテは、売り上げとコストの責任を各店舗が負う「独立採算制」を採用しているため、店舗間を調整して全社で一つの施策を実施するのが難しいのです。同社の課題を顕著に示す事例の一つが、教材にも書いたパンデミック初期のマスクの仕入れです。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、マスクの需要が高まると、ドン・キホーテの各店舗は個別にマスクを仕入れ、販売を始めました。ところが当時は供給不足で、仕入れ価格が高騰。高額なマスクを仕入れて、高額な小売価格で販売せざるを得ませんでした。

 やがてパンデミックが落ち着き、マスクの需要が減ると、市場価格も下落。各店舗には高額で仕入れたマスクの在庫が残りました。各店舗は損切りのために大幅な安値で売らざるを得なくなり、結果、会社全体に大きな損失をもたらすこととなったのです。

 また、店舗ごとに仕入れていると、大量購入による恩恵を得られないという問題もあります。全社一括で仕入れればもっと安価に仕入れることができる商品もあるはずですが、店舗ごとの仕入れでは値引き率も限定的。大企業の本来の強みである購買力をフルに生かすことができません。

 AIやビッグデータをうまく活用して課題を解決していくのも一案ですが、それはすなわち店舗の裁量権を弱めることにつながります。ドン・キホーテが各店舗の個性を失わせるような戦略に転換していくのはあまり現実的ではありません。

 ドン・キホーテの事例が示唆深いのは、同社の強みが逆に課題ももたらしている点です。その意味でも、同社の未来戦略について議論するのは、学生にとって学び多いものだと思います。

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ラモン・カザダスス=マサネル Ramon Casadesus-Masanell
ハーバードビジネススクール教授。同校の企業戦略部門長。専門は競争戦略、経営経済学、産業組織論。MBAプログラム、PhDプログラム、エグゼクティブプログラムにて企業戦略、ビジネスモデルと競争戦略、ゲーム理論などを教える。2022年より日本での「フィールドスタディ」(現地実習)の担当教授。学術誌「Journal of Economics & Management Strategy」の共同編集者、野村マネジメント・スクール「トップのための経営戦略講座」講師など対外的にも幅広い活動を行っている。

 

佐藤智恵(さとう・ちえ)
1970年兵庫県生まれ。1992年東京大学教養学部卒業後、NHK入局。ディレクターとして報道番組、音楽番組を制作。 2001年米コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、外資系テレビ局などを経て、2012年、作家/コンサルタントとして独立。主な著書に『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(PHP新書)、『スタンフォードでいちばん人気の授業』(幻冬舎)、『ハーバード日本史教室』(中公新書ラクレ)、『ハーバードはなぜ日本の「基本」を大事にするのか』(日経プレミアシリーズ)、最新刊は『コロナ後―ハーバード知日派10人が語る未来―』(新潮新書)。講演依頼等お問い合わせはhttps://www.satochie.com/

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