鍵は企業の価格転嫁や為替動向
10月支店長会議に向けヒアリング調査
高関税の適用が日本経済に与える影響を予測することは極めて難しい。
不確実性が高いというのは、関税引き上げ幅が想定より高くマイナスの影響が高まる可能性もあれば、それでも経済・物価に与える影響は限定的となる可能性もあるという上下両方向についてだ。
8月1日までの新たな期限までに日米両政府がどのような妥協点を見いだすことになるかが、まずはポイントになるが、仮に自動車への25%関税が維持され、相互関税が25%となった場合でも、為替相場の動向次第で日本の対米輸出に与える影響も違ってくる。
2021年には1ドル=110円程度だったドル円相場は、今は140円台で推移している。輸出企業の収益に与える影響という点では、関税率引き上げの影響を円安でかなり吸収できる計算となる。
逆に、相互関税率の25%引き上げはドル円相場の25%円高、例えば150円から110円近くへの上昇を連想させるが、今回の相互関税率引き上げは、ほとんどすべての国の競争力に影響してくる。このため、日本の輸出競争力に与える影響も相対的なものとなる。
日本より高い税率を適用される国も出てくるので、それらの国に対しては日本の価格競争力は相対的に高まることすら考えられる。
米国内で生産しているものに対する競争力は当然、低下するが、米国内に輸入品に代替する製品を生産する能力がどれほどあるかにもよるだろう。代替の生産能力がない製品は、日本からの輸出はそれほど減少しないかもしれない。
企業が、関税率の引き上げ分を販売価格にフルに反映させるのか、部分的に反映させるのか。それとも利益を削って販売価格を上げないようにするのかによっても、影響は違う。
販売価格を据え置く場合、輸出企業の採算性は悪化するが、輸出額はそれほど減少しないことになる。
日本企業は円高が進んだ時も、現地での販売価格には転嫁しない傾向があった。自動車には25%の関税がかかっており、相互関税のうち基本税率の10%はすでに適用されているが、現状までは、これまでの在庫もあり現地の販売価格は据え置かれている可能性がある。
しかし、販売価格を引き上げなければ、米国の貿易赤字は減らないことになり、米国は更なる関税の引き上げを要求してくるかもしれない。日本企業も一度に25%の関税分を上乗せしないにしても、徐々に販売価格を引き上げていく可能性が高い。ニューモデル投入に合わせて価格の調整を行うことも考えられる。
関税が25%になるのが大きな環境変化であることは間違いないが、それで日本からの輸出が大きな打撃を受けるという単純なものではない。25%という数字が見出しを飾るが、すでに基本税率の10%は適用されている。限界的には15%ポイントの上乗せだ。
また、関税率引き上げの影響は、他国の関税がどの程度上がるかに加えて、日本や世界の企業がどのような価格戦略を打ち出すかによって大きく変わってくる。関税率の引き上げという環境変化も大事だが、その変化にどう対応するかという個別企業のマネジメントの方がより重要ではないか。
そうした情報が集まってくるのが、10月の支店長会議に向けた日銀のヒアリング調査となるだろう。
植田和男日銀総裁は、3会合連続で政策金利据え置きを決めた6月の金融政策決定会合後の会見でも、トランプ関税について「不確実性が極めて高い」「経済・物価ともに下振れリスクの方が大きい」としながら、今後について、経済や物価が見通し通りなら「政策金利を引き上げる」との考えを強調した。
金融政策の正常化を進める基本方針は維持されているといっていいだろう。ヒアリング調査の分析の結果によっては、筆者は10月利上げの可能性は十分あるとみている。
「機動的な利上げ」にらんで国債買い入れ減額
展望レポート見通し期間中の“完了”に道筋
6月の金融政策決定会合では、長期国債買い入れ減額計画を2026年4月以降続けることも決められた。このことも、トランプ関税の影響を見極めながら、次の利上げを機動的に行うための環境を整えるという日銀の戦略を示している。
新たな計画では、減額ペースは毎四半期2000億円と現行ペースから半減するが、計画通りに進めば27年1~3月期の月間買い入れ額は2.1兆円に減少する。
政策金利の引き上げは慎重に進めながら、一方で長期国債の買い入れ減額は着々と進める考えだ。
日銀は来年6月の決定会合でも今年のように中間評価を行い、27年4月以降の買い入れの方針を決めることになっている。中間評価時の国債市場の状況と機能の回復の度合いを見ての判断ということになるが、おそらく28年3月まで減額計画をもう1年延長すると予想する。
27年4月以降も毎四半期2000億円の減額をそのまま続ければ、28年1~3月期の月間国債買い入れ額は1.3兆円まで減少する。また、買い入れ減額のペースを毎四半期1000億円に減らした場合でも月間買い入れ額は1.7兆円まで縮小する。
この水準は、日銀がかつて経済成長に必要な成長通貨を供給するという名目で行っていた買い入れ水準とほぼ同じだ。日銀は展望レポートで27年までの経済・物価の見通しを示しているが、日銀はこの期間中に異次元緩和など量的緩和で行ってきた長期国債買い入れを平時の状況にまで減額する道筋をつけたと言える。
毎月の長期国債買い入れが1.3兆~1.7兆円の水準まで下がってくれば、異次元緩和時代に買い入れた長期国債の償還がしばらく高水準で続くため、日銀保有の長期国債残高はかなりのペースで減少することになる。
日銀は、27年3月の保有国債残高は減額計画開始前(24年6月、585兆円程度)に比べて16~17%減少すると試算している。
筆者が28年3月の保有国債残高の減少程度を試算したところ、27年4月以降の減額ペースが毎四半期2000億円でも1000億円でも、26~27%に達するという結果となった。
日銀保有の長期国債残高は
時間をかけて正常化
異次元金融緩和時代に買い入れた国債の償還がピークを越えれば、保有国債残高の減少ペースも緩やかになる。600兆円近く積み上がった保有国債残高をどこまで減らせるのか。
毎月1.3兆円の買い入れを続ければ年間の買い入れ額は15.6兆円、毎月1.7兆円の買い入れを続けるのであれば年間の買い入れ額は20.4兆円となる。この年間買い入れ額に保有国債の満期までの残存年数をかけた値が、保有国債残高が収斂(しゅうれん)していく水準と考えられる。
残存年数7年程度で買い入れを続けるなら、毎月1.3兆円買い入れの場合15.6兆円×7年=109.2兆円が、毎月1.7兆円の買い入れであれば、20.4兆円×7年=142.8兆円が保有残高の落ち着きどころと考えることができる。
ちなみに、13年4月に異次元緩和を始めた時の日銀の保有国債残高は、100兆円程度だった。また、かつては長期国債保有残高は日銀券発行残高を超えないようにするという日銀券ルールがあったが、足元の日銀券発行額は120兆円程度だ。
ただ、日銀はこの水準を目指して長期国債の保有を減らしていこうとしているわけではない。日銀が目指すのは、長期国債の買い入れを、金融市場の調節、成長通貨の供給、さらに国債市場の機能性維持の観点から見て適切なレベルで行うことだ。
国債買い入れの減額を粛々と進めるのも、国債保有残高を何が何でも減らすためではなく、トランプ関税の影響を見極めながら、次の利上げを機動的に行うための環境を整えるためだ。
(金融・経済ウォッチャー 鈴木明彦)



