日本の賃金停滞と世界秩序動揺を生んだ新自由主義の正体、忘れ去られた1910年代の反省Photo:PIXTA

日本の実質賃金が上がらない背景には、生産性ではなく分配のゆがみがある。そしてその構図は、日本だけの問題ではない。冷戦後に加速したグローバリゼーションと新自由主義は、中間層を弱らせ、社会契約を掘り崩し、先進国でも新興国でも政治の不安定化を招いた。世界秩序の動揺と日本の停滞は、実は同じ根源に発している。(BNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト 河野龍太郎)

「埋め込まれた自由主義」の解体と
エニウェア族とサムウェア族

 2025年2月に上梓した『日本経済の死角』では、過去四半世紀、時間当たり生産性が3割改善しても、実質賃金がまったく改善しておらず、日本の長期停滞は「生産性の問題」ではなく、「一次所得分配の問題」であることを明らかにした。

 そこでは、「企業経営者の役割は、株主利益の最大化」式のコーポレートガバナンス改革も大きく影響していることを論じた。つまり、コーポレートガバナンス改革を見直して、レント・シェアリング(企業の超過収益の労働者への分配)の発想を復活させなければ、実質賃金の回復はままならないということだ。

 本稿で論じたいのは、日本の長期停滞の問題は、現在、世界の政治経済が混迷を深めていることと、同根の現象、ということだ。米国が覇権から降りたのも、世界秩序が動揺しているのも、実は原因は同じである。

 まず、時計の針を約40年前に戻す。1989年に「ベルリンの壁」が崩壊した。その直後に冷戦が終結した際、ヒト、モノ、カネが自由に移動するようになれば、大きな一つの世界市場が生まれ、民主主義という共通の価値観の下で、世界は繁栄すると論じられた。

 実際には、国境の内外を自由に移動するのは、教育とスキルに恵まれた一部の人々だけだった。英国人ジャーナリストのデイヴィッド・グッドハートの言う、どこにでも移動して稼ぐことのできる「エニウェア族」の所得は確かに大きく膨らんだ。

 しかし、先進国においても、多くの人は、生まれた場所と同じ場所に住み続ける「サムウェア族」である。グローバリゼーションによって、先進各国では中間的な賃金の仕事が失われ、彼らは苦境に陥った。これが、先進国で広がった脱グローバル化やアンチエスタブリッシュメント運動の背景だ。

 それでは、冷戦終結直後から始まったグローバリゼーションの起源はどこにあるのか。

 次ページでは、起源を探っていくとともに、我々が1910~20年代と同じ問題を繰り返していることを明らかにする。