ラテンアメリカの不安定化、中国のデフレ…
経済大国のリスク要因
世界経済への影響の大きさから、世界最大の米国経済、第二の中国経済、第三のドイツ経済、第四の日本経済がどのようなリスクにさらされているかを、26年の見通しを交えながら概観してみたい。
まず米国だが、IMF(国際通貨基金)の世界経済見通しは、25年の4月から7月、10月と一貫して米国経済の成長見通しを引き上げてきた。これは、トランプ関税によるインフレで消費が落ち込むのを、AIデータセンターの巨額の設備投資が埋めてきたことによる。
この傾向は、基本的に26年も続くだろう。一方で、AIが種々の労働に代替してゆけば、失業が増える可能性がある。加えて、米国の“裏庭”であるラテンアメリカ不安定化の影響も、リスク要因として考慮する必要があろう。IMF見通しの2.1%成長を達成できるかどうかは、これらのバランスの先行きにかかっている。
次に中国経済は、14年に始まった生産年齢人口の減少もあって、成長率は2000年代までの10%から、10年代は6~7%、20年代は4~5%と減速してきた。21年からの住宅バブル崩壊によるデフレの影響もあると思われる。
デジタル経済の進展も、デフレに影響しているのかもしれない。IMFの世界経済見通しの26年の4.2%成長を達成できるかどうかは、政府の対策でデフレを脱却できるかどうかにかかっているといえよう。
続けてドイツ経済は、22年に始まったウクライナ戦争とG7 の対ロ経済・金融制裁 の影響で、ロシアからの安価な天然ガスの輸入が不可能となり、ロシアへの輸送機器やIT機器の輸出も途絶えた。
23、24年はマイナス成長、25年はゼロ成長に陥ったが、欧州委員会が主導した対ロ抑止力強化のための防衛費倍増(GDP 比を現在の2%から4年で3.5% まで引き上げ)の効果により、26年は1%成長になりそうである。
そして日本経済は、ウクライナ戦争をきっかけに円安が進み、輸送機器など輸出産業の収益が拡大して、賃金と物価の好循環が続いている。トランプ関税の影響も限られているため、1%程度の成長が続いている(ただし、25年7~9月は、住宅投資の減少でマイナス成長)。この傾向が続けば、26年もIMFの0.6%成長見通しを若干上回りそうである。
以上のように、米独日の経済成長によって、世界経済も3%程度の成長を遂げると見込まれる。だが、こうしたシナリオを揺るがしかねない、複数の地政学的リスクが存在する。
ウクライナ、中東、中国…
世界を揺るがす三つの地政学的リスク
第一に、ウクライナ戦争は、トランプ氏が停戦の希望を高めるような発言を繰り返してきたものの、現実には戦争が続いている。また、仮に停戦が合意されたとしても、平和条約によって国境が確定され、再戦の可能性がなくなるようなことは期待できず、戦争のリスクが残ると思われる。
ロシアとウクライナの関係は、ボルシェビキ革命によってロシア帝国が解体され、両国が分裂してソ連に含まれた後も対立が続き、1991年のソ連崩壊によってウクライナは完全に独立したものの、ロシアはウクライナに対する影響力を維持しようとしてきたからである。
第二に、中東におけるイスラエルとパレスチナの紛争状態は、依然として続いており、米国によるシリアやイランへの 爆撃は、これをこじらせただけである。なお、米国のベネズエラ侵攻も同様であり、ベネズエラは世界最大の石油資源を保有しているため、石油資源の豊富な中東の紛争と並んで、石油価格を押し上げる可能性があるだろう。
第三に、中国は南沙諸島に対する侵攻を続け、軍事力による台湾併合の意図を隠していない。これは国際法違反であり、東アジアを不安定化するので、日米とも認めるわけにはいかない。しかし、習近平政権は、経済低迷によって米国経済を超えて世界最大の経済になる可能性も失われ、台湾併合の主張を政権維持の糧としており、台湾リスクは高まっている。
AIの進展が招く“副作用”
失業と賃金低下でデフレに?
こうした地政学的リスクに加え、さらに見通し難いのが、AIなどITの進展の“副作用”として生じるリスクである。
AIは巨額の投資を呼び込み、25年の世界的な株高をけん引する要因であった。生成AIなど進展したAIは、オフィスワークを含めさまざまな労働に代替し、労働生産性を引き上げると期待されている。
だが、代替された労働者が失業したり、低賃金労働にしか就けなかったりすれば、成長率はほとんど上昇しない。また、こうしたことを通じて賃金水準が低下すれば、デフレをもたらす可能性がある。
中国におけるITの広範な活用によるデジタル経済の進展は、大卒者の失業をもたらしているともいわれており、25年7月の16~24歳の失業率は17.8%、大卒者(1222万人)の約半数が就職できないでいる。さらに高度な生成AIの発展は、こうした失業を増加させる恐れがあろう。
経済が失速傾向の中国の消費が落ち込み、国内で過剰となったEV(電気自動車)などの商品を捨て値で海外に販売する“デフレ輸出”の事態になれば、アジア諸国を中心に世界経済に深刻な影響を与えるであろう。
26年は米中間選挙を控え、就任2年目に突入するトランプ政権がどんな手を繰り出してくるかは、世界経済の主要なリスク要因であり続ける。自国中心主義な米中の二大国がまっとうな政策を実行できるかどうかが、26年の世界経済の最大のリスクだろう。
(前日本銀行総裁、政策研究大学院大学政策研究院シニア・フェロー 黒田東彦)



