黒田東彦氏がアジア開発銀行総裁時代に住んでいたフィリピンの首都マニラは、マニラ湾に面した港湾都市として発展した Photo:Nikada/gettyimages
人口減が進む日本で、東京の“一極集中”を巡る議論も増えている。人が集う都市の主役は時代によって変遷してきた。前日本銀行総裁の黒田東彦氏が執筆するダイヤモンド・オンラインの連載『黒田東彦の世界と経済の読み解き方』の今回のテーマは、「港湾都市と内陸都市」。黒田氏が実際に暮らして感じた、港湾都市と内陸都市のそれぞれの利点や違いは何か。
黒田東彦が暮らした都市の思い出
人口のほとんどが港湾都市に住む日本
幼い頃から引っ越しの多い人生で、さまざまな都市で暮らしてきた。海上保安官だった父の転勤に伴い、幼稚園時代は宮城県塩釜市に、小学校は神戸市と東京都、中学・高校は東京都、大学は東京都と横浜市に住んでいた。
大蔵省(現財務省)に入省してからは、東京都の公務員官舎のほか、英オックスフォード大学に留学した際にはオックスフォード市で生活し、税務署長として福島県いわき市に、国際通貨基金(IMF)への出向で米バージニア州フェアファックス郡に、三重県庁への出向で津市に、大阪国税局長として大阪市などで暮らした。アジア開発銀行総裁時代はフィリピンのマニラ市に住み、日本銀行の総裁に就任して以降は東京に住んでいる。
こうして振り返ってみると、オックスフォード市とフェアファックス郡だけが内陸都市で、後は全て港湾都市だった。もちろん狭い島国の日本では、人口のほとんどが港湾都市に住んでおり、内陸都市は札幌市や盛岡市、さいたま市、甲府市、長野市、岐阜市、飛騨市(岐阜)、高山市(岐阜)、京都市などに限られる。またマニラ市も、マニラ湾に面した港湾都市である。
オックスフォード市に2年住んで感じたのは、海抜50メートルくらいの平地で、盆地ほどではないが丘陵に囲まれており、空気がよどんでいることだった。港湾都市は、昼は海風が吹き、夜は陸風が吹いて快適である(東京都ではタワーマンションが湾岸地域に増え、海陸風が十分通らなくなったという問題が生じているが)。
フェアファックス郡でも、オックスフォード市と同様な感じがあった。また冬は、米国のニューヨークやボストンほどではないとしても、極めて寒かった。







