はたして習近平は改革派なのか? 世界のリバランスに日本がどう立ち振る舞うべきか、東アジア研究の権威であるハーバード大学のエズラ・F・ヴォーゲル名誉教授がいま日本人に伝えたいことを語り尽くしていただいた新刊『リバランス 米中衝突に日本はどう対するか』。発売を記念して中身を一部ご紹介いたします。聞き手は、香港大学兼任准教授の加藤嘉一さんです。

Question
中国を現在率いる習近平は就任以来、中華民族の偉大なる復興という「中国の夢」を指導思想として掲げてきました。愛国主義や民族主義を随所で強調し、中国人民が一体となって、挙国一致して「中国の特色ある社会主義」を発展させるべく呼びかけてきました。強権的な内政が拡張的な外交につながり、米国や日本を含めた各国は、依然として中国市場の潜在性を活かそうというスタンスを保持しつつ、警戒心を持ちながら眺め、頭を抱えながら付き合っているように見えます。ヴォーゲル先生からご覧になって、習近平の内政や外交は効果的に機能していますか

ヴォーゲル教授 私は昨今の中国を眺めながら、高度経済成長時代を迎えた頃の日本を思い起こしている。私にとって、日本は往々にして、中国を研究するための良き比較対象となってきた。

 戦後の日本は、言論の自由、結社の自由、出版の自由、司法の独立などが制度的に保障された民主主義国家としての道を歩んできた。行政、立法、司法の三権は分立し、チェック&バランス機能を確立している。このため、その言論や価値観は多様的になるが、1964年の東京五輪の時期を含め、特に高度経済成長時代には国民が一丸となって発展を追求していた。多様性のなかに、明確な目標と方向性があったのだ。

 一方、昨今の中国では政治・イデオロギー的には「統一戦線」を強調し、みなが「習近平思想」に従い、それに異を唱えることは許さないものの、一般の人々は団結していない。現状を受け入れられず、海外に移り住む国民も少なくない。みながバラバラな方向を向いているように見える。

 私から見て、習近平の時代になって、政治的な統一への希求と、社会や国民にみる現実が乖離している問題は、より深刻になっている。

 これから状況が改善されていくのか不明だが、習近平はなぜ強硬に、社会全体を緊張状態に陥れる政治をここまで大胆不敵に行うのか。正直言って、私にはよくわからない部分もある。胡錦濤の時代よりも、かなり緊張が高まっていると感じる。学生や大学教授などは公(おおやけ)には反対しないものの、実際には習近平のやり方を完全に受け入れているわけではないだろう。不満は確実に蓄積されていっている。それが、いつどのような形で噴出するかわからない。

 習近平は最高指導者になって以来、政治、イデオロギー、軍事、経済、インターネット、教育、メディア、文化、安全保障、外交などすべての分野に口を出している。たとえば経済政策に関して言えば、本来は首相である李克強(1955~)の仕事まで自分でやろうとしている。彼にそれだけの能力と余裕があるのだろうか。多くの国民が、習近平のそうした統治方法に本心では反対している、というのが私の見方だ。ただ公には言えない。知人や友人同士で言い合っているだけだ。

 習近平政権が成立した頃、私は習近平が“改革派”の指導者になるであろうという予測を抱いていた。その理由は主に三つある。

第一:習近平が、経済やイデオロギーの分野で閉鎖性よりも開放性を重視した開明的な政治家で、その死去が学生、知識人、一般市民らが民主化を求めた天安門事件の引き金にもなった胡耀邦元総書記(1915~1989)にも近い“改革派”習仲勲(1913~2002。広東省第一書記、国務院副総理などを歴任)の息子であること。
第二:習近平が就任早々深センに赴き、改革開放の「総設計士」であるトウ小平の銅像をお参りしたこと。
第三:習近平がこれまで福建省、浙江省、上海市といった沿岸部の、中国で最も開放的な地方でリーダーを務めてきたこと。

 これらの背景を根拠に、習近平は改革を大々的に推し進める開放的な指導者になるだろう、と考えていた。

 しかしながら、実際はそうではなかった。私の判断は間違っていた。中国の知識人たちにもそう認め、白状している。今振り返っても、習近平が何を考えているのか、これから何をやろうとしているのか、よくわからないし、見えてもこない。しかも、習近平は政権二期目に入る頃、憲法を改正して国家主席の任期(最大二期10年)まで撤廃してしまった。これはまったく予想外のことだった。

 制度的に「終身国家主席」を可能にしてしまった習近平が、実際に何年何期にわたり国家主席の地位に居座り続けるのかわからない。ただ、習近平が統治する中国のこれからに思いを馳せるとき、かつて日本の中曽根康弘(1918~)が「一寸先は闇」と言ったのを思い出す。私は「十年先は闇」という視点から、中国の今後を見据えている