中国は民主化に進むのか? 世界のリバランスに日本がどう立ち振る舞うべきか、東アジア研究の権威であるハーバード大学のエズラ・F・ヴォーゲル名誉教授がいま日本人に伝えたいことを語り尽くしていただいた新刊『リバランス 米中衝突に日本はどう対するか』。発売を記念して中身を一部ご紹介いたします。聞き手は、香港大学兼任准教授の加藤嘉一さんです。

Question
中国の共産党政権はこのまま維持されるのか。つまり、これまで以上に独裁的な政治体制になるのか、あるいは国際社会が期待するように民主化し、世界政治が「歴史の終わり」を告げるのかについて、世界中が注目しています。それがどのように推移、発展していくかに関しては誰にもわかりませんが、頭の体操として、大きな方向性だけでも考えてみたいと思います。先生は、この21世紀最大の謎とも言える中国の政治問題のゆくえをどうご覧になりますか。

ヴォーゲル教授 数年後には、今より政治的に緩和された体制──具体的に言えば、上からの抑圧があまりにも厳しい現状よりは、いくらか多くの自由が許される体制になっているのではないか、と私は予測している。

 中国共産党が、米国人が納得するほどの自由を人々や社会に提供することはないだろうが、それでも数年以内に少しばかりは緩和されるだろう。私はこう考える根拠の一つを、歴史的な法則に見出している。

 1949年に新中国が建国されて今年(2019年)で70年になるが、この間、中国の政治は緩和と緊張を繰り返してきた。昨今の状況はあからさまに緊張しすぎていて、上からの引き締めが極端なほどに強化されている。歴史的な法則からすれば、これから発生し得るのは緩和の動きだと推測できる。中国問題を思考し議論する際は、歴史の法則を無視することがあってはならない。

 中国も、司法の独立や宗教、言論、結社、出版などにおいて一定の自由を享受し、形式的だとしても選挙を実施しているシンガポールのようなモデルや、制度と価値観として自由民主主義を築いている台湾のようなモデルを試しつつ、一部の養分を吸収するかもしれない。シンガポールも台湾も、同じように華人が統治しているのである。どうして中国に限って不可能だと言えようか。彼らの間には、文化的に共通する部分が少なくない。もちろん、中国はより大きく、国内事情は複雑で、解決しなければならない課題も多い。ただ不可能ではないはずだ。

 私は少し前に台湾、北京、中国の東北地方を訪れたが、やはり台湾の政治体制のバランスは良いと感じた。そこには中国の文化が根づいている一方で、人々は自由と安定した社会を享受できているからだ。昨今の香港は、北京による抑圧的な政策もあり、緊張しすぎている。北京の中央政府の対応に問題があると思う。習近平がみずからの意思と決定に依拠して、全体的な局面を少しでも緩和できるかどうか、私にはわからない。以前と比べて楽観視できなくなった、というのが正直なところだ。ただここで強調したいのは、中国の歴史の法則に立ち返って考えたとき、不可能ではない、という点である。習近平が政治状況を緩和させ、政治社会や経済社会に対してより多くの自由を供給する可能性はある。

 習近平が国家主席に就任した2013年の頃、私は彼に改革を推し進める決意と用意があり、「反腐敗闘争」に関しても、まずは権力基盤を固め、そのうえで改革をダイナミックに推し進めるという手順を取るのだと推察していた。習は「紅二代(毛沢東と革命に参加した党幹部の子弟)」とはいえ、江沢民や胡錦濤とは違い、トウ小平によって選抜されたわけではない。そうした背景から、権力基盤を固めるのに一定の時間を要することはやむを得ず、自然の流れと見ていた。ただ現況を俯瞰してみると、当時の推察とはかなり異なるようだ。

 習近平は憲法改正を通じて、国家主席の任期を撤廃してしまった。これは近代的な政治制度に背反する行為である。習近平も人間であるから、いつの日か何らかの形で最高指導者の地位から退くことになるが、誰が彼の後を継ぐのか。習近平が長くやればやるほど、後継者問題は複雑かつ深刻になるだろう。

Q. 先生が注目されている習近平の後継者はいますか。先生の読み、あるいは嗅覚として、習近平はどれくらい長く現在の地位に君臨し、どんな形で後継者にバトンを渡すと思われますか。習近平から後継者に最高指導者の地位が引き継がれるそのとき、権力の空白や政治の混乱が生じるリスクを含め、中国政治は危険な状況に直面するかもしれません。長期的に見れば、確かな統治リスクになるでしょう。

ヴォーゲル教授 私には、習近平が誰を後継者として考えているのかはわからないし、現段階でその人物を予測するという角度から中国政治を研究してもいない。

 ただ、仮に習近平が二期10年以上やるとしたら、相当な反発が出ることは容易に想像できる。三期15年あるいはもっと長くやることで、逆にみずからの権力基盤が弱体化し、結果的に共産党の統治や求心力が失われるのであれば、習近平は二期10年で退き、福建省、浙江省、上海市から連れてきた“自分の人間”を後継者に据えることで「傀儡政権」を敷く選択をするかもしれない。いずれにせよ、習近平は後継者に自分が連れてきた人物を指名すべく動くだろう。

 一方で、習近平が頭脳明晰で、能力のある人間ならば、トップ交代に伴って混乱が生じるリスクに気づいていた場合、彼は二期目(2017~2022年)の任期中に政治状況を緩和させるであろう。もちろん、私に習近平が心のなかで実際に何を考えているのかはわからない。薄熙来(1949~)事件(注:重慶市共産党委員会書記だった薄のスキャンダルや汚職疑惑などが噴出し失脚した事件)や多くの軍隊内部の案件を含め、かなり多くの役人や軍人が捕まってしまった。このような状況下だからこそ、習近平は、事態を緩和させられないのかもしれない。

 習近平みずからだけでなく、能力のある同僚に頼りながら、全体的な政治環境を緩和させられるのかも、一つの注目点であろう。習近平に、果たしてそれができるかどうか。いずれにせよ、私がこのような点から、現状や先行きを懸念しているのは間違いない。仮に、習近平がこれから数年内に政治的局面を緩和させられなければ、中国が“崩壊”する可能性も否定できなくなるだろう。