習近平はトウ小平との比較においてどのように評価すべきか? 世界のリバランスに日本がどう立ち振る舞うべきか、東アジア研究の権威であるハーバード大学のエズラ・F・ヴォーゲル名誉教授がいま日本人に伝えたいことを語り尽くしていただいた新刊『リバランス 米中衝突に日本はどう対するか』。発売を記念して中身を一部ご紹介いたします。聞き手は、香港大学兼任准教授の加藤嘉一さんです。
Question
習近平政権が発足した当初より、習近平は「トウ小平(とう・しょうへい)路線」を継承すべきである、と先生は主張されていました。「トウ小平(とう・しょうへい)路線」が何を指すのかに関しては、さまざまな議論や見方があっていいと思いますが、改革開放、外資利用、市場経済、大国関係の安定、国際社会との接触と融合、それを実現するための「韜光養晦」政策、そして内政では党政分離、終身制の廃止、若手政治家の積極登用、高級官僚による各ポスト兼任禁止などが含まれるのでしょう。ちょうどあの頃、中国大陸では先生の著書『トウ小平』中国語版が出版され、ベストセラーになりました。官民問わず、多くの中国人が先生からのメッセージを汲み取ったと思います。あれから6年、先生が本書のメッセージに込めたように、習近平は「トウ小平路線」を歩んでいるように思われますか。
ヴォーゲル教授 振り返ってみると、江沢民と胡錦濤は、トウ小平の路線を継承していた。したがって、中国はあれだけの急速な発展を遂げることができ、世界各国との関係も基本的に良好に処理できたのだ。習近平時代になっても、トウ小平路線をきっちりと継承することで初めて国内が発展し、海外との関係もうまくいく、という私の考えに変わりはない。
それでは、習近平はトウ小平の路線を継承しているのだろうか。
習近平の進路について、「毛沢東(1893~1976)の路線か、トウ小平の路線か」と問われれば、答えはやはり後者になるに違いない。たしかに、みずからの名前を使った「習近平思想」「習近平新時代」といった言葉が社会全体で横行している現状は、毛沢東時代の個人崇拝をも彷彿とさせる。このため、習近平の政治スタイルは、毛沢東のそれに似通っているように見受けられる。
しかし、実際の習近平の政治方針や政策目標は、基本的にトウ小平の路線上にある。習近平は「東西南北中、党政軍民学、党が一切を領導する」、「党のいうことを聞いて、党について行くのだ」など毛沢東が指揮した文化大革命時代のスローガンをみずからの政治で使っている。
習近平が政治的に保守的で、社会環境全体を緊張させてしまっている現状は懸念されるべきだが、それでも彼は就任からまもなく深セン市にあるトウ小平の銅像を拝みに行き、トウ小平の路線を歩んでいくという一つの意思表示をした。これからの10年を展望する場合、中国はやはりトウ小平の路線を継承することで、初めて安定的かつ健全に発展していける、と私は考えている。その点を習近平も理解している、と信じたい。改革開放や、米国や日本をはじめとする大国関係の安定的管理など、7割方の政策は、トウ小平時代から受け継がれてきた。「現状」を継承することでうまくいくだろう。ただ残りの3割に関して、いくつかの問題に直面する可能性がある。
たとえば経済成長のスピードが鈍化し、低成長になれば、習近平に不満を露わにする人民が少なくないだろう。私はとりわけ、人民解放軍の動向に注目している。軍内部でも大々的に展開されてきた「反腐敗闘争」に不満や反発を覚えている軍人は少なくない。彼らがいつどういう形で蓄積された不満を爆発させないとも限らない。軍部に比べて、知識人の力量は限定的なものに収まるであろう。
中国が比較的大きな問題に直面する可能性を、私のなかでは30%とみているが、場合や情勢によって20%、あるいは40%と表現することもある。私自身、中国情勢を観察し、判断する際に、そこまでの掌握や自信を持てていないのも事実だが、今後5~10年は、習近平ならびに中国共産党にとって難しく不安定な時期になるだろう。以下でも述べるように、経済の成長率が低迷していくなか、上からの締めつけが不断に強化されている。
どこまでをコントロールして、どこからは市場や社会に委ねるか。習近平がこのアクセルとブレーキの問題をしっかり掌握したうえで統治できるかどうかは、未知数と言える。ただ、それでもいわゆる“崩壊”を招くような動乱を、習近平は簡単には起こさせないであろう、というのが私の基本的な判断である。