2020年、新型コロナウィルスの感染拡大によって、世界中の経済が打撃を受けた。
特に、飲食、宿泊、旅行、運輸、興行、レジャーなどの分野はその影響をもろに受けた。
スキューバダイビングやラフティングなどのアウトドアレジャーや、遊園地や動物園、水族館などのレジャー施設への予約をネット上で取り扱う会社・アソビューもその一つである。
アソビューは当時創業9年目、社員130名のベンチャー企業。日の出の勢いで成長している会社でもあった。37歳だったCEO山野智久氏は、未曾有の危機に追い込まれ、悩み、苦しんだ。
「会社をなくしたくはない、しかし、社員をクビにするのはいやだ」
売上は日に日に激減し、ついにはほとんどゼロになった。
さて、どうする? 山野氏が繰り出した「秘策」を、『弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(ダイヤモンド社)から引用し、紹介する。

コロナ禍で社員の雇用を守り、会社も生き残る秘策とは?Photo: Adobe Stock

「雇用シェア」という新しい考え方

「解雇はしたくない。でもコストは減らす必要がある」

今思えば、このシンプル極まりない問いの立て方が秀逸だったのではと思います。複雑に関係し合う多くの要素をすべて机の上にぶちまけて検討しようとしていたら、きっと頭が混乱していたでしょう。

シンプルな問いに集中して向き合っていた僕は、ふと思い出しました。以前アソビューが自治体から職員を受け入れていたことを。

僕が創業して2020年3月まで代表理事を務めた、熱意ある地方創生ベンチャー連合という一般社団法人があります。同法人はアソビューが事務局機能も担っていたのですが、実はかつて、浜松市と福岡市から職員を受け入れていました。それに倣い、アソビューでも岐阜市から職員を受け入れていたのです。

すなわち、出向です。

出向とは一般的に、会社がその従業員を子会社や関連会社などに異動させること。従業員の籍をどちらの会社に置くか、雇用契約をどちらと結ぶか、給与をどちらが払うかによって様々なパターンがありますが、岐阜市職員の場合は、職員の籍は岐阜市(出向元)に置いたまま、職員と岐阜市(出向元)との雇用契約は解消しない、給与は岐阜市(出向元)が支払うという方法でした。

これらの出向受け入れで僕がもっとも感銘を受けたのは、自治体から出向してきた職員の皆さんが、全員ものすごく成長して戻っていかれたことです。出向したばかりの頃は受け身一辺倒だった勤務態度が日を追うごとに変わり、誰もが主体的・積極的に仕事をするようになっていきました。

自治体職員の皆さんは難しい公務員試験を突破していらっしゃるので、基本的な能力は一様に高い。そういうポテンシャルのある方たちですから、働く環境がまったく変わったことで良い意味で負荷がかかり、劇的に成長したというわけです。

だったら、今度はアソビューの社員にどこかに出向してもらう方法はどうだろうか!

岐阜市の場合、給与負担は出向元である岐阜市でしたが、有事において給与の支払形態は、打撃を受けている出向元企業ではなく、出向先が負担する取り決めにすればいい。

そうすれば、「出向先に給料を払ってもらえることによるコスト削減」と「アソビュー社員の雇用維持と成長」が同時に達成できるじゃないか! アソビューの従業員のポテンシャルは疑いようがない。彼・彼女らにしかるべき環境を提供すれば、必ずや成長して戻ってきてくれるはず。

逆境の中で思いついた、会心の一石二鳥アイデアでした。

大逆転への夜明け

とはいえ、この緊急事態の中、果たして人員を受け入れてくれるような会社があるのでしょうか? 実はこれに関しては心当たりがありました。なぜなら、僕らを含む旅行・運輸・外食・イベントなどの業界が大打撃を受けている中、むしろ追い風の業界や業績好調の会社もあることが、ちらほらと耳に入っていたからです。

たとえば、小売業界ではスーパーやドラッグストアがそれに該当しました。IT業界では、巣ごもりの増加からEコマースや、リモート業務で活用するBtoBオンラインコミュニケーションのサービス(ビデオ会議サービス等)、PC用品やワークチェアなどの売上が伸びていましたし、医療業界・物流業界なども人手不足でした。

つまり、この状況下でも利益を落としていない企業、あるいは急に人手が足りなくなった業界は確実に存在する。ということはマッチングさえうまくいけば、人手が余っている会社と人手が足りない会社で需要と供給が一致し、出向が成立するはずです。

ただ、それも僕の楽観的な妄想、机上の空論かもしれません。社員の前で悠々と語れる自信は、まだその時点では皆無でした。

それに、社内外問わず誰かにアイデアを明かして相談したところで、もし「それ全然ダメ。現実感ない」なんて冷たく言われたら、かすかな希望がなくなり、決してメンタルの強くない僕は凹んでしまうかもしれない......。

悩んだ末に、一番親身に話を聞いてくれるであろう友人にアプローチすることにしました。日本最大級のクラウドソーシング仕事依頼サイトを運営する「ランサーズ」の創業社長、秋好陽介さんです。僕と彼は先述した熱意ある地方創生ベンチャー連合の共同創業者兼、共同代表でした。

2020年3月29日、日曜日。秋好さんをランチに誘いました。あの時はまだ緊急事態宣言前でお店が開いていたのです。

僕は秋好さんに会社の危機的な状況を包み隠さず打ち明け、ランサーズはコロナ禍でも事業に影響ないよね? と話を振ってみました。フリーランスへの仕事発注はオンラインで完結する。すなわちリモートワークが増えてオンライン化が進めば進むほど、むしろプラス業績なんじゃないの、と。

すると秋好さんは言いました。

「コロナで業績のプラスやマイナスはほとんどないけど、従業員は絶賛募集中だよ」

絶賛募集中!

僕は出向のアイデアをさわりだけ、手早く秋好さんに話しました。すると彼は細かいスキームの話までしないうちに、こう言ってくれました。

「その考え、めっちゃいいじゃん。うちが何人か受け入れるよ」

やった!

秋好さんはこうも言ってくれました。アソビューのマインドを持った人がランサーズに来てくれたら、きっとランサーズのメンバーも刺激を受ける。アソビューとしても、社員が出向を終えて戻った時にランサーズで学んだことをインストールできればすごくいい。

お互いにとって素晴らしいスキームじゃないの、と。

僕は感謝とともに興奮を抑えられませんでした。それならば他の会社でもきっと需要があるはず!

3月26日に社員の半数以上の解雇を選択しかけていた僕は、その3日後には「出向しかない」という意志を固めました。

3月29日が、言ってみれば僕の「大逆転劇への夜明け」だったのです。

出向ルールや出向基準の作成、そして社員への説明を終えた僕は、会社のホームページではなく僕個人のnoteで、出向先企業を募るエントリーを書きました。

タイトルは、「緊急提言:災害時雇用維持シェアリングネットワークの必要性」「急募:災害時雇用維持シェアリングネットワークの参画企業を募集します!」。通称「雇用シェア」。

このエントリーはツイッターをはじめとしたSNSでかなりシェアされました。いわゆるインフルエンサーと呼ばれるような僕の知り合いたちが、「友達がピンチっぽいぞ!」という感覚で拡散してくれたのです。

その甲斐あって、最終的にはなんと80社にも及ぶ企業から手が挙がりました。

コロナ禍で社員の雇用を守り、会社も生き残る秘策とは?
山野智久(やまの・ともひさ)
1983年、千葉県生まれ。明治大学法学部在学中にフリーペーパーを創刊。卒業後、株式会社リクルート入社。2011年アソビュー株式会社創業。レジャー×DXをテーマに、遊びの予約サイト「アソビュー!」、アウトドア予約サイト「そとあそび」、体験をプレゼントする「アソビュー! ギフト」などWEBサービスを運営。観光庁アドバイザリーボードなど中央省庁・自治体の各種委員を歴任。アソビューは期待のベンチャー企業として順調に成長していたが、2020年にコロナ禍で一時売上がほぼゼロに。しかしその窮地から「一人も社員をクビにしない」で見事にV字回復を果たしたことが話題になり、NHK「逆転人生」に出演。著書に『弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(ダイヤモンド社)がある。