中国国内において多数の死亡者を出した乳製品のメラミン汚染事件。実は、中国政府が公表する1か月半前に事件を報じようとした週刊誌があった。調査報道で知られる広州の「南方週末」である。スクープはいかにして握りつぶされたのか。中国の“報道の自由”の行方と合わせて、その内幕を、「国境なき記者団」の名物デスクが明かす。(聞き手/ジャーナリスト 矢部武)

バンサン・ブロセル(Vincent Brossel)
国境なき記者団 アジア・太平洋担当デスク バンサン・ブロセル

 中国政府が乳児用の粉ミルク汚染問題を公表したのは今年9月11日だが、実はその1ヵ月半前にそれを報じようとした中国人ジャーナリストがいた。調査報道で知られる、中国最大の週刊紙「南方週末」(広東省広州)の記者だ。彼は7月末、三鹿集団と関連企業による汚染粉ミルク事件の記事を書いたが、編集長は掲載しなかった。それはなぜか。

 北京五輪が開催される前、中国政府は国内メディアに五輪期間中に言及すべきでない“21項目の報道規制”を配布。そのなかには中東問題やダルフール紛争、チベット解放、宗教の自由などの他、食品の安全性も含まれていた。つまり、「敏感な食品問題を報道すると中国の悪いイメージを与えかねないので控えるべき」とされたのだ。

 同紙の編集長は政府と問題を起こしたくないと考え、スクープ記事の掲載を見送ったのだろう。それと、巨大企業で影響力も大きい三鹿集団が、メディアに圧力をかけたことも考えられる。 

 五輪開催前の中国は、当局による締めつけがひどかった。2007年12月から8カ月間に、中国人の人権活動家、記者、インターネットのプロバイダー、ブロガーなど30人が逮捕・拘束された。政府を批判したり、チベット問題、政府の腐敗、環境汚染などに言及したというのが理由だ。

 多くは短期間で釈放されたが、人権活動家の胡佳氏のように3年半の懲役刑を言い渡された者もいる。我が団体、国境なき記者団(RSF)は、現在も投獄されている12人の釈放を中国政府に求めている。

 五輪期間中は、外国人記者への取材妨害も相次いだ。中国外国人記者クラブ(FCCC)によると、7月25日からの1ヵ月間に取材妨害や嫌がらせ、暴力などを受けた外国人記者は63人にのぼった。競技スポーツの報道は自由にできたが、それ以外の社会・政治問題などを取材しようとすると問題が起きたのだ。