トヨタの大規模リコール問題に関するメディア報道は鎮静化に向かう一方、集団訴訟が全米各地で起こされている。原告には死亡事故の遺族に加え、トヨタ車のオーナーや株主なども含まれ、賠償総額は数十億ドルとも数百億ドル(数兆円)とも言われている。そこで企業のリスクや賠償責任に詳しいトム・ベーカー教授に、賠償総額の見通しやトヨタに残されたその他のリスクなどについて聞いた。(聞き手/ジャーナリスト・矢部武)
(Tom Baker)
専門は民事訴訟法、保険法など。企業のリスク、賠償責任などを経済・社会学の視点をまじえて研究する著名な学者。法学者、人文学者、社会学者などで組織される研究団体“保険と社会研究グループ(ISSG)”の共同設立者である。最近は、株主代表訴訟のリスクに備える賠償責任保険のプレミアム(保険料)が企業のコーポレートガバナンスやリスク管理などとどう関係しているかの研究に取り組む。また、著書「医療過誤神話(The Medical Malpractice Myth)」(2005年)では、民事訴訟改革(行き過ぎた訴訟を抑制するための)に向けた動きの背景にある誤った考えを批判し、現実的な解決策を提案して高い評価を得た。
―リスクや賠償責任の専門家としてトヨタのリコール問題をどうみるか。
それは非常に大きな質問だが、まずトヨタが何を間違えたかを言う前に、何をうまくやってきたかを説明しよう。トヨタは長い期間をかけて、「安全で信頼性の高い車をつくる会社である」と人々を説得することに成功した。だから米国人消費者は、同じサイズや性能なら少しぐらい値段が高くても他社の車よりトヨタ車を購入しようとしてきたのである。
しかし、大規模なリコール問題でトヨタ車への安全性に対する信頼が崩れ始めている。
―全米各地で集団訴訟が起こされているが。
米国社会では何か問題が起きた時に原因や責任などをはっきりさせるために、訴訟は大きな役割を果たしている。新聞などでも訴訟に関する記事を毎日のように目にする。これは米国人が何百年にもわたって用いてきた問題解決の手段なのである。
―トヨタは何をどう間違えたのか。
トヨタは問題に迅速に対応しなかった。米国では通常、企業の不祥事が起こると、社長が自ら先頭に立って対応し、関連する情報を素早く開示しようと努める。そうすれば、消費者は企業にセカンドチャンスを与えようとするからである。
たとえば薬品大手のジョンソン・エンド・ジョンソンが頭痛薬タイレノール問題を起こした時、同社は素早く情報を開示して経営の透明性を高め、最終的に製品の安全性を高めて消費者の信頼を回復した。
もちろん米国企業も時には情報を隠蔽したりすることもあり、これはトヨタだけの問題ではない。しかし、トヨタ車に関しては安全性への信頼が非常に高かっただけに、米国人の戸惑いと不安が大きいのではないか。