「私はあらゆる支障物件を除去するように指示したので、どこかと特定して(指示して)いません」

 男性が体を強張らせながら語ると、原告側弁護士は表情ひとつ変えずにズバっと切り込んだ。

「Mさんの立木は間違って切ったのではなく、(航空法の高さ)制限を超えているとわかって切ったのではないか?」

 法廷内はシーンと静まり返り、誰もが耳をそばだてた。証言台に立っていた男性はやや早口で「退職した後に職員が間違って切ったと知り、謝りに行きました」と答え、立木が制限表面(高さ制限)を超えていたかについては「私は承知していません」と繰り返した。2時間以上に及んだ公判で最も緊迫した場面だった。

 静岡地方裁判所で7月9日、静岡空港の未買収地への土地収用をめぐる裁判が開かれた。元地権者らが「土地収用は違法」とし、裁決の取り消しを求めている訴訟である。もっとも、静岡空港がすでに開港していることから、県民の訴訟への関心度はゼロに近い。

 だが、16回目の口頭弁論となったこの日の法廷はいつになく緊迫したものとなった。傍聴席は8割方埋まり、腕章をつけた記者も数人詰め掛けた。蒸し暑さに拍車がかかった。

 15年間にわたって空港建設事業に関わった県の元空港建設事務所長(2009年3月末退職)が証人として出廷したからだ。用地取得や地元対策を任された現場のトップで、損な汚れ役でもあった。そんな元所長に対し、原告側から厳しい質問と視線が浴びせられた。ある重大な疑惑が新たに浮上していたからだ。もうひとつの立木問題である。