
これまで多くのハウスメーカーは高い技術による、長寿命・高耐久の家を売りにしていた。しかし、積水ハウスは、そうした性能価値に加えて、顧客の「感性」に寄り添うことで、時間とともに愛着が感じられる家造りを提唱している。その感性価値をもたらすのが「life knit design」というデザイン思想である。営業担当から設計士、インテリアコーディネーターに至るまで、顧客の「想い」を共有できるシステムづくりにも及んだこの思想について、同社デザイン設計部長の矢野直子氏に話を聞いた。
ハウスメーカーにデザイン部門がない理由
勝沼 大手ハウスメーカーの中で、独立したデザイン部門があるケースは珍しいですよね。
矢野 国内では積水ハウスだけだと思います。商品開発部の中にあったデザイン企画室を独立させてデザイン設計部をつくったのが3年前です。
そもそも建物を直接的に設計したりデザインしたりするのは建築士の仕事なので、ハウスメーカーは社内にデザイン部門を設ける必要はないわけです。
しかし、企業が、どんな会社で、何を提供していく会社なのかを示さなければならない時代となり、「積水ハウスらしさ」を明らかにする必要が出てきました。私がこの会社に入ったのは2020年でしたが、そこで社長から積水ハウスとしての「デザイン思想」をつくってほしいと要請されました。

東京都生まれ。多摩美術大学卒業後、1993年、良品計画入社。2003年にプロダクトデザイナーの夫の赴任でスウェーデンへ。同時に業務委託でMUJI Europe Holdingsに従事。帰国後、三越伊勢丹研究所に入社、13年から再び良品計画へ。生活雑貨部企画デザイン室長を経て20年に積水ハウス入社。現職に。
Photo by YUMIKO ASAKURA
勝沼 ハウスメーカーとしてのデザインの統一的な考え方をつくっていったということですね。
矢野 毎月社長に向けて、デザイン思想につながるアイデアを提示して、その都度フィードバックをもらう。そうした試行錯誤を1年ほど続けた後、家造りにおけるデザイン思想として「life knit design」という言葉にたどり着きました。
勝沼 knitは「編む」という意味ですね。
矢野 そうです。暮らせば暮らすほど愛着が深まる、そんな家造りを実現するために、その家に住む方々の「感性」や「想い」を編み込んでいく。そんな意味が込められています。
勝沼 この言葉にどうやってたどり着いたのでしょう。
矢野 デザイン思想の案を考えているさなかに、ヒントを探すために自宅の近くの住宅展示場を回ってみたことがありました。顧客目線でいろんなメーカーの話を聞いたのですが、ほとんどのメーカーでは、家の構造、壁、耐火、広さなどがアピールポイントになっていました。住宅の売りは「性能」であると考えられているということだと思います。
ただ、技術はどのメーカーも優れていて、深い知識がないと判断材料にすることが難しいという側面もあります。性能面だけでそのメーカーらしい家造りを示すことは難しい。では、お客さまはどうやってメーカーを選べばいいのだろう……。そう考えていた中、1社だけ「お客さまがどのような家具や絵画作品を所有されているかを伺って、それに合わせて住まいを設計します」と話してくださったメーカーがありました。「これだ!」と思いました。
高い技術力による「性能」に加えて、お客さまの「感性」を重視した家づくりをデザインによって示すことができれば、メーカーとして大きな差別化になるのではと考えました。