「ゲームの仲間は助けるけど、会社の同僚は助けない」

――彼女と居る時間とゲームをしている時間、どっちが楽しい?

ゲームです。7:3ぐらいでゲームの方が良い

――これが匿名インタビューで良かったね(笑)。ところでさ、そのゲームをしている瞬間は、敵を倒すのに必死になったり、何かアイテムとかを集めるのに必死になったりするわけ?

あ、その瞬間が僕の現在の生活においていちばん必死かもしれない。特にオンラインゲームのなかには、ネットのSNSみたいなコミュニティが生まれているから、義務感もあって。ゲームのなかに居る仲間に『助けて』と言われたら協力せざるを得ないですね

――現実世界の同僚が困っていたら、残業して助ける?

助けないです。あ、梅田さん、僕、自分の行動の矛盾に気付いちゃいました……

――いやー、今日の君の発言は、日本ビジネス界のマネジメント層に一石を投じている気がするよ。つまり、高学歴でクリエイティブ職に就いて、有能な山本君は、仕事でも生活でもなく、ゲームのなかが最も必死なんだよね。あらゆる若者のあらゆる情熱が仕事ではなくゲームにつぎ込まれているとすれば、日本経済の大きな損失だよ。だって、その情熱を仕事に傾ければ、現実世界でお金が生み出せるのに。謎を解く力や、トライ&エラーや、発想の転換がゲームの醍醐味だとすれば、それは全部会社のなかでも有効な能力なのに、それを使っていない。

僕もそう思います。問題だとは思います

――どうしてそうなるの? 仕事であれば、仮想世界のお金じゃなくて、リアルなお金が手に入るのに。そうすれば、君が好きなゲームも山ほど買える。それってお得じゃない?

でも、オンラインゲームはネット環境さえあれば、ソフトを買う必要がない。タダなんです。だから働く必要がない

――そうなんだよなー。

ゲームの世界をのぞいた現実世界では、渇望するものがない、必死になれるものがない。面と向かれてそう言われるとなんだかショックだった。これは、彼らの問題ではなく、彼らを雇う企業が考えるべき問題なのかもしれない。彼らは現実の仕事や、職場がつまらないから、仮想空間に情熱を注いでしまうのだろう。彼らがゲームの世界と同じぐらいの情熱で、現実世界で強烈に何かを渇望する瞬間が来ることを願いつつ、安酒をくいっと空けて今日はお開きにした。

<今回のまとめ>
ゆとり世代は、渇きを知らない世代でもあるかもしれない。