そりゃストライキも起きるわ…「嫌味なベテラン従業員」が強気にゴリ押しできた最大の理由【マンガ】『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の起業マンガ『マネーの拳』を題材に、ダイヤモンド・オンライン編集委員の岩本有平が起業や経営について解説する連載「マネーの拳で学ぶ起業経営リアル塾」。第10回は、中小企業やスタートアップにおける労務トラブルについて解説する。

「みんなで工場を守り抜く」古株従業員がストライキ

 降って湧いたTシャツ300枚の受注を契機に、自社の従業員・西野博樹が所有する縫製工場と、その向かいにあったプリント工場を買収することに決めた主人公・花岡拳。西野にはかつて工場にあったミシンや機械の買い戻しを、そして元・同級生で工場の従業員であるヨーコ(工藤陽子)には、離散した従業員たちの呼び出しを依頼する。

 ところが、集まった従業員達たちは「以前と同じようには働けない」「社長が替わったからって、すぐ信用できない」とストライキ(スト)を起こす。

 従業員の中心にいるのは、花岡が“大ボス”と名付けたヤエコ(片岩八重子)だ。現場で一番の古株であるヤエコは、居酒屋で「ここは団結して、私たちの要求が通るまで戦うのよ」と従業員らにゲキを飛ばす。さらには花岡が雇う元・ホームレスたちについても否定する。

「そんなワケのわからないやつらに私達の職場を汚されることだけは絶対に許さないわ!」

「みんなで力を合わせて工場を守り抜くわよ!」

 工場のキーパーソン・ヤエコは今後も活躍する重要なキャラクターだが、初登場の今回は嫌味で強気な表情が強調されている。彼女がそこまで強気に出られるのには、ワケがある。

 通常、製品としてTシャツを作る場合、まずは注文の規格を満たすサンプル(試作品)を作り、クライアントから品質の「合格」をもらう必要がある。そこではじめて量産体制に入るわけだ。

「たかがTシャツに…」と軽視する花岡に対して西野は、素材や縫い目の細かさなどの厳しい仕様を守る品質の高さこそが、価格勝負では勝てない海外製品と日本製品の差だと説く。

 だがサンプルの製作は進まない。なぜならば西野の工場では、すべてのサンプルをヤエコが担当していたのだ。Tシャツを発注したクライアントも、過去のヤエコの実績を買って発注したとして、花岡を詰める。

 ヤエコたち従業員を連れ戻すため、説得に向かおうとする花岡。だがヨーコは「お給料とか休日とか待遇改善だけでは解決しない気がする」と語るのだった。

ベンチャーに「スト」が少ないワケ

漫画マネーの拳 2巻P29『マネーの拳』(c)三田紀房/コルク

 西野の工場はストで止まっているが、いわゆるスタートアップにおいては、ストが起こるケースはあまりない。理由はいくつかあるが、法的な観点で言えば、そもそも従業員――労働者が合法的にストを起こすためには、まず労働組合(労組)を結成し、労組としての権利行使することが必要だからだ。

 創業間もなく、組織としてもまだまだ成長中であるスタートアップの多くは、創業者や企業のビジョンやメッセージに共感してメンバーが集まることがほとんどだ。

 ビジョンへの共感というのは、労使間で言えばある種の「非公式なコミュニケーション」であり、創業期のメンバーが代表に直接要望を話す、代表はあくまで今の組織で可能な回答をする、ということになる。

 ユニオン(合同労組)に頼るケースもあるようだが、こと創業期に限定すれば、スタートアップはストよりもビジョンありきで一丸となって事業に取り組むケースが多い。

 もちろんそんな状況が延々と続くわけではない。50人の壁、100人の壁と言われるように、組織の成長にともない、組織や環境を整えていくことになる。上場を視野に入れて、就業規則などの各種規則の整理、労働時間の管理など、さまざまな制度を整えていく必要がある。

 今では再開発でなくなってしまったのだが、筆者はかつて東京の雑居ビル内にあったスタートアップ向けの共有オフィスによく出入りしていた。

 そのオフィスはベンチャーキャピタルが投資先のスタートアップ向けに提供していたもの。創業期スタートアップ向けの広い共有スペースに加えて、「いよいよ事業を本格化する」という、創業期から一歩進んだスタートアップ向けの占有スペースに分かれていた。

 占有スペースでは、いつものように寝袋が置いてあり、昼夜を問わずサービスを開発する起業家たちの姿を見かけることが何度もあった。その時見かけたスタートアップの中にはのちに上場を果たし、立派なオフィスを構えるまでになったケースも少なくない。起業ストーリーとしては美談かもしれないが、大企業や公開企業では労務的に大問題な話でもある。

 もちろん、創業期のスタートアップだからといって、人事や労務のトラブルを無視できるわけではない。

 事業が立ちゆかなくなれば整理解雇を行うようなケースもあるし、最近ではハラスメントに関する問題を耳にすることも増えた。起業やスタートアップへの就職が1つの選択肢として認められる今、「創業期のスタートアップだから」では許されないわけだ。

 サンプルの提供期限はいよいよ明日。花岡は自らの発言を振り返り「あること」に気付き、あらためてヤエコの説得に向かう。

漫画マネーの拳 2巻P30『マネーの拳』(c)三田紀房/コルク
漫画マネーの拳 2巻P31『マネーの拳』(c)三田紀房/コルク