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気はやさしくて胃痛持ち
【第5回】 2012年2月29日
著者・コラム紹介バックナンバー
市川純子 [(財)日本ヘルスケアニュートリケア研究所]

一度開けたら二度と閉めることのない24時間営業。
実家を継いだ店長の気が休まらない日々

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他界した父親に替わって
30歳で家業に転身

 父親が心不全であっけなく他界し、30歳のEさんに転機が訪れた。四十九日を過ぎたころ、Eさんは母親を助けて2号店の店長になることを決めた。父親が亡くなる前から、いつかは家業を継ごうと思っていたので、迷いはそれほどなかった。葬儀が終わった夜に母親に告げた。「会社は辞めるよ。迷惑をかけないようになるべく早く後任を見つけてもらって、引き継ぐよ」

 2号店は男子大学生がアルバイトの大半を占めていた。若いアルバイトはパートの主婦と違い、力仕事が得意だ。仕事もテキパキとこなし頼もしい。しかしここでもシフト組みに悩むのは同じだった。

 「卒論で徹夜して今日は体調が悪いから休みます」「就職試験の面接が急に入って1時間遅刻します」。これらの遅刻や休みの言い訳はたくさん聞いてきた。

 たまに「田舎に帰るから辞めます」というのもあった。目をかけていたアルバイトほど、辞めるときは意外にあっさりとしているから不思議だった。

 誰かが辞めるたびに、求人サイトに広告を出す。そして面接。採用。これの繰り返しだ。

 アルバイトのシフトの悩みさえなければ店は順調だった。売上げも安定している。しかし夜中に「すみません。今日休みます」という電話がかかってくるたびに、胃が痛くなる。Eさんは胃薬を飲み暗い街を店に向かう。

 レジに立つときは、いつもの満面の笑みをお客さんに向ける。「ありがとうございました。またご利用ください」

 夜中にコンビニの灯りを見ると安心するというお客さんのために、今夜もおでんを補充し、チキンを揚げるEさんだった。

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市川純子 [(財)日本ヘルスケアニュートリケア研究所]

1961年生まれ。財団法人日本ヘルスケアニュートリケア研究所 所長。広告代理店で大手私鉄の広報を担当。その後PR会社に転職し、医薬品や化粧品分野に携わる。2003 年にJ&Tプランニングを設立。代表取締役に就任。研究や情報の開発も行いヒット商品を数多く手がける。医療健康美容分野の研究のために2010年財団を設立。


気はやさしくて胃痛持ち

失われた20年と呼ばれる日本経済。そんな長い停滞のなかをがむしゃらに、ひたむきに日々の仕事・生活を生きてきたビジネスマンたち。さまざまなストレスに耐えてきたカラダもそろそろ注意信号を出す頃。いろんな職場のいろんなビジネスマンのいろんな悩みと不調を少し悲しく少しおかしく紹介します。

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