新型肺炎は米中貿易摩擦と
セットにして考えよ
――中国のセカンドソースとして東南アジアに拠点を持つという構想は、「チャイナ・プラス・ワン」として日本で盛んに議論された時期がありました。具体的には、10年の尖閣諸島沖での漁船衝突事件とそれに続く中国の対日感情悪化が大きなリスク要因となって議論されました。しかし現時点で振り返ると、その後も中国への電機産業の依存度はむしろ高まっています。この事実を踏まえると、チャイナ・プラス・ワンは現実に起こるのか懐疑的になってしまいます。
米中貿易摩擦と新型肺炎が連続して起こった今、企業の中国脱出に対する検討の度合いはかなり真剣なものになっています。
対中関税の第1弾が発動された時点では、外資企業の反応はそれほど鮮明ではありませんでした。なぜなら、そこには「期待感」があったからです。すなわち、「もしかすると米トランプ政権と中国政府は近い未来、何らかの合意に達するかもしれない。その場合、関税も取り消しになるかもしれない」という期待です。
この期待がある以上、経営の判断としては軽々に東南アジアに出ることはできません。いったん出てしまえば、期待が現実化した場合に、逆にコストが上昇してしまうからです。
しかしその後も米中間の交渉はなかなか合意に至りませんでした。20年1月になってようやく合意に至り、第4弾の関税は発動されずに済みましたが、すでに関税負担はかなり高まっています。その果てに起こったのが、今回の新型肺炎です。新型肺炎はここまでの期待感を打ち消し、企業に脱中国を決断させる大きなターニングポイントになります。
――経営の視点からは、新型肺炎という事象だけを単独で考えてはいけない、米中貿易摩擦も含めた一つの文脈として捉えなければならないということですね。
そうです。その文脈を未来に向けて読み解く上でもう一つ言及しておくと、米中貿易摩擦の中で明確になったことが一つあります。それは米国が、自国に属するクリーンなサプライチェーンが必要だと強く考えていることです。
スマートフォンやパソコンのようなハイテク、ハードウエアの産業は、次世代通信規格の5Gと切っても切れないものがあり、防衛産業とも関係が深い。米国政府がこの点を強く意識するようになっています。この観点から、デル・テクノロジーズやHPのような米国の大手企業は、サプライチェーンを単純にコストの観点だけで考えられなくなっています。
そしてこの理解は、台湾にとっても大きな意味を持っています。台湾と米国は間違いなく戦略的なパートナー関係にあります。米国の政府や企業のこういった考えは、台湾の政府、企業の行動にも反映されるのです。
台湾の蔡英文政権はすでに、「新南向政策」と呼ばれる東南アジア進出奨励政策に取り組んでいます。実は台湾政府は過去においても、東南アジア進出政策を打ち出してきました。李登輝政権時代、今から四半世紀ぐらい前にすでにこの戦略はありました。ただ当時は、多くの企業が政策に追従しなかった。なぜなら、当時の中国には低廉な労働コストと未来の消費市場という大きな魅力があったからです。
でも21世紀の現在、もはや中国の労働コストは低くありません。一方で東南アジアはどうか。労働コストはまだまだ低い。そして何より魅力的なのは、若年層がどんどん増えるという人口ボーナスがあることです。少なくとも電機の主要企業は、人口ボーナスが期待できる東南アジアをかつての中国と同じ存在だと見なし始めています。
東南アジアは個々の国では、中国よりはるかに小さく見えます。しかし欧州がそうであるように、東南アジアも複数の国から成る経済圏として把握するのが正しいのです。すでに自由経済圏の仕組みがあるのですから。
また、製造業が海外の進出先を選ぶ上で慎重に考慮するのは、政治と為替のリスクです。この両面で、東南アジアは相対的に安定しています。
――政治が安定していれば、結果として為替も安定します。二つのリスクは表裏一体の関係にあります。
その通りです。その意味で中国は他の発展途上国と比べ、政治リスクと為替リスクが相対的に低かった。だから世界の工場となり得たのです。
しかし現在起こっている米中対立は非常に大きな政治問題で、中国側の意思だけで物事は動きません。外資企業はこれまで進出先の中国で何か問題があっても、地方を含む中国側の政府とうまく話し合えば大体解決できました。しかし現在の中国で起こっている政治リスクは、あまりに先行きが不透明で、不確実性が高過ぎる。
国を問わず、産業を問わず共通して言えるのは、ビジネスは必ずしもリスクを嫌うものではないということです。リスクの大きさと、自社がそれをどの程度許容できるかが分かれば、行動は明確です。リスクよりも恐ろしいのは、不確実性なのです。その意味では、中国が今抱えている政治リスクはもはや自国ではコントロール不能。この事態が、中国に進出している企業にとっての大問題なのです。
ベトナムのバクニンにあるサムスン電子の工場。業界でいちはやくベトナムシフトを進めてきた Photo:Craig Ferguson/gettyimages
この視点に立って早く動き始めたのは、韓国のサムスン電子です。サムスンは業界でもいち早くベトナムに大規模な生産拠点を設けました。現在はサムスン1社でベトナムの国内総生産(GDP)の2割強を稼ぎ出しています。
ですから今回の新型肺炎問題においては、業界の中には、サムスンが勝ち組になるという声がありました。しかし実際に確認されたことは、確かにサムスンの組立工場はベトナムにあるけれど、重要な電子部品や材料の拠点は依然として中国にあり、それが国境を越えてベトナムに供給されなければならない、そこに大きな課題があるという事実です。
中国も低付加価値の組み立て工程が東南アジアに移転していくことは、ある程度覚悟しているでしょう。しかしそれが部品や材料までとなると、そのインパクトは中国にとって非常に大きなものになります。



