京都の精神風土が生んだ
個性的なグローバル企業群
思い返してみると、感情が溢れ出てきてしまうのですが……。義雄さんは「人の幸せを我が喜びとする」というのが信条でした。一度だけ、なぜそれを信条にしたのか尋ねたことがあるんです。そしたら「人の幸福や成功は、なかなか心の底から一緒に喜んであげることはできないものだ。妬みや嫉妬がどうしても出てきてしまう。だから、日々心がけているんだよ」とおっしゃっていました。
本当に凄いなと思いましたし、それを実践されていました。誰からも愛される方だったので、お亡くなりになった時も追悼メッセージがたくさん寄せられました。大きな支柱を失った気持ちです。
名誉会長でいらっしゃった頃までは、月に1回、カレーライスを食べに会社まで来てくれていたんですが、経営についての注文はなかったですね。京都商工会議所のことはよく話していました。「京都をもっとこうしたい。産学連携をして中小企業の助けとなることをしたい」と。
――京都の産業界には、オムロンや京セラ、日本電産、村田製作所など、アクが強くて個性的な企業が多いですね。そしてそれぞれがグローバルで戦っています。
個性的な企業が多いのは、京都の精神風土が大きく影響していると思いますね。オムロンの立石一真は熊本の出身、京セラの稲盛和夫さんは鹿児島の出身で“京都の出”ではないんです。でも、京都には伝統工芸の歴史があるので一芸に秀でていたり技術が素晴らしかったりすると尊重される風土があります。それから、京都では人の真似をすると嫌われますね。下に見られてしまいます。
技術を持っている会社が競い合っているんですが、同じ領域には行かない。狭い領域ではあるけれども、その土俵でそれぞれの会社がグローバルで一番になることを目指していった結果、今のようにユニークな京都企業が残った。これは僕の想像ですが、創業者同士が張り合ったんだと思います。オムロンの車載機器事業の売却先となった永守(重信・日本電産会長)さんも、立石一真の薫陶を受けたお一人だと聞いています。
コロナ危機がもたらす製造業不況
“強烈な”淘汰と選択の時代へ
――今回のコロナ危機のレベルはどの程度だと認識していますか。
社長に就任した2011年はとんでもない年でした。東日本大震災に続き、タイの洪水も発生しオムロンの工場が水没しました。当時を超える危機はもはや訪れないと思っていました。でも、今回はそのレベルを超えたかもしれません。
製造業への影響は甚大です。人が移動できない、工場を稼働できない、人が接触できない事態となり、最初は生産できないという「供給側」の問題が発生しました。でもこれは、先進国では解消されつつあります。
これから本格化するのが造っても売れないという「需要側」の問題です。特に自動車業界は厳しい。半導体や5G(第5世代通信規格)関連など需要が拡大している一部の領域を除けば、景気後退であらゆる業界で等しく需要が減退します。その回復には1年、長ければ3年かかるかもしれません。
やまだ・よしひと/1961年生まれ。84年立石電機(現オムロン)入社、一貫してヘルスケア部門を歩み、10年執行役員常務、11年社長に就任
――米中対立、世界の需要減、テクノロジーチェンジ、ウィズコロナ・ポストコロナの社会の変化――。グローバル企業のビジネスを左右する「判断材料の変数」が多く、経営者の意思決定は非常に難しくなりました。
米国による中国ファーウェイに対する禁輸措置などの状況を見ていると、米中覇権争いの激化はより深刻化するのは間違いありません。震災の経験から、オムロンの生産拠点は日本、中国、アジアの三極体制をとってきました。だから、中国の稼働が止まっても影響は軽微で済んだのです。
でも、今後は(米中による)知財や法的な規制を考慮してグローバル製造業の「地産地消(市場に近いところで生産する)」が進みます。ブロック経済に対応した生産・開発拠点体制を考えていかなければなりません。オムロンの場合、ロボットの生産は米国と中国の両方でやらないといけなくなるでしょう。非常に悩ましい究極の変化対応です。でも、予測不能な世界であっても、企業経営は前に進まなければなりません。
――いよいよ製造業が“強烈な”淘汰と選択の時代に入ったとおっしゃっています。
企業も経営者も、価値を提供することで顧客や従業員から選ばれ続けなければ淘汰される時代になったという意味です。
大きなクライシスの局面では、まずオムロンが生き残ることが先決です。危機のマグニチュードのレベルは世界大恐慌以来と言う人がいますが、生半可では生き残れないことだけは確かです。
リーマンショック時と比べると、ネットキャッシュは約200億円から2000億円近くへ、売上高総利益率は30%台半ばから45%へと改善し、稼ぐ力は格段に上がっています。有事でも生き残れる耐久力が強化されたと思います。
――15年に米産業用ロボットメーカー(アデプト テクノロジー)、17年に産業用カメラメーカー(センテック)などを買収する一方で、レーザ加工装置事業や車載機器事業などを譲渡しており、常に事業の新陳代謝を行っています。
耐久力があるのは財務面だけではありません。オムロンではポートフォリオ経営を徹底しており、平時から細かく事業をブラッシュアップする仕組みができています。“基礎疾患”を放置することはしないので、常に会社がヘルシーな状況にある。だから、いつでも有事の構えができています。
――決算説明会では、厳しい見通しを示す一方で、「遠隔医療サービス」「5Gの普及に必要なX線基盤装置」「工場の省人化」などコロナ後にビジネスチャンスとなる分野も掲げました。
大きな危機のときには、いろいろなものが流動化します。社会的な仕組みや制度が変わったり、いままでダメだったものができるようになったりします。新しいマーケットができたり、逆に旧来マーケットがなくなったりもします。こうした変化の変わり目の「カオスの状態」のときには、実はチャンスも多いのです。
欲しかった技術を持つ企業の衣が剥がれて安くなって買収しやすくなるかもしれない。オンライン診療なんて10年以上かかっても“法規制の壁”に阻まれて進まなかったのに、コロナ後にはわずか数カ月で一気に進むことになりそうです。法規制よりも、人の命が守られるかどうかが優先されるようになりますよね。
工場の自動化ニーズも高まります。工場の検査工程に何千人もずらっと並んで目視で検査する「三密」体制なんてもう成り立たなくなります。これまで、溶接や塗装といった人間ができない工程は大きなロボットに置き換わってきていました。今後は人間がやってきた工程の中にロボットが入り込んでいくことになります。例えば、3人で行っていた工程のうち1人がロボットに置き替わったりします。とにかく、そうしたチャンスをいつでもつかめるようにしておくことが肝要です。
高収益の車載機器事業
身売りの決断ができた理由
――昨年、車載事業を日本電産へ約1000億円で売却したのは絶妙なタイミングでしたね。コロナ危機後だったならば、これほど良いディールにはならなかったのでは。なぜ、潔く高収益事業を切り離す決断ができたのですか。
オムロンが標榜する企業理念経営に忠実に従ったまでです。平たく言えば、事業を通じて社会の発展に貢献することが企業理念です。大事なのは、センシングとコントロール(制御)というコア技術の軸は特定しますが、あえて「事業ドメイン」を特定していないこと。これらのコア技術が世の中で役立つならば、領域を制限せずにどんなことだって挑戦しようというのが企業理念であり、ベースとなる考え方です。



