そこに今回のコロナ危機が来た。税収の大幅減を考慮すると、財政赤字は100兆円近くになる恐れがある。コロナ感染の第2波次第で赤字はより膨張するだろう。
困難に直面する人々を今の局面でサポートすることはもちろん重要だ。ただし、それによる政府支出拡大の必要性と政府債務膨張への不安との間での「せめぎ合い」が本来はもっとあっていいと思われる。なぜなら、財政赤字とは将来の税収の「先食い」だからだ。
それによって生じる借金を、国債発行によってわれわれは将来世代に付け回す。税収を担う労働年齢人口は急速に減っていくため、1人当たりの政府債務は先行き膨大になる。彼らに対する責任もわれわれは考えなければならない。
ところが今回の第2次補正予算については、「与党議員からは『ごねれば出る打ち出の小づちみたいだ』との声も漏れた」(「朝日新聞」5月28日)という報道が見られる。13年春以降の「異次元金融緩和策」によって、わが国全体で政府債務に対する感覚のまひが進んでしまったのではないだろうか。
近年の黒田東彦・日本銀行総裁は、「財政規律は政府や国会の責任であって日銀にその責任はない」というスタンスを示し続けている。だが、政治家が財政規律を最低限意識するためには、「炭鉱のカナリア」としての国債市場の価格形成機能が極めて重要だ。日銀の超金融緩和策は、それが警告を発する機能を破壊してしまっている。
来年度以降も歳出はなかなか減らせないかもしれない。その後に日本経済がもしまた新たなショック(自然災害や次の疫病など)に見舞われたら、「さすがにこの国の財政は持たないかもしれない」と推測して、不安を強める国民が急増する恐れはある。
紙幣を成り立たせている「共同幻想」の崩壊があり得ない話ではないことに注意する必要がある。
(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)



