Photo:Chung Sung-Jun/gettyimages
「日本国債は一度もデフォルトしていない」「自国通貨建てなら国債は安全だ」。積極財政論を支えるこうした言説は、形式に偏った危うい理解にすぎない。戦後日本は、インフレによって国債の実質価値が大きく損なわれる“インフレ税”という形で、実質的なデフォルトを経験しているからだ。衆議院解散を機に積極財政継続の観測が強まり、日本でトラス・ショック型の混乱が起きれば、英国以上に深刻化する恐れがある。(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)
「自国通貨建てはデフォルトしない」は本当か?
日本でも“事実上のデフォルト”は経験済み
日本銀行が保有する国債残高は、ピーク時より若干減ったとはいえ、依然として桁外れに大きい。
図表1が示す通り、経済規模比で見れば第2次世界大戦(太平洋戦争)前後よりもはるかに高い比率になっている。
戦前の1932年、当時の大蔵大臣である高橋是清は、深刻な経済苦境からの脱却を狙い、(1)日銀国債引き受けによる財政支出拡大、(2)当時としては大胆な低金利政策、(3)金本位制離脱による円安誘導などを組み合わせたリフレ政策を開始した。
ただし、その政策の下で日銀は、政府から引き受けた国債の大半を市中に売却して資金吸収を行った。図表1で当時の日銀保有額がさほど増えていないように見えるのは、そのためだ。そうしないとインフレを制御できなくなってしまうと当時の人々は心配したからである。
それでも36年ごろから物価高騰を抑える必要が生じ、高橋蔵相はリフレ政策の終了を模索し始めた。しかし、軍事費抑制に反発した陸軍の青年将校らによって高橋蔵相は暗殺される(二・二六事件)。軍部だけでなく、弛緩した財政規律や金融緩和策に慣れて、それを前提としてしまう人々が当時多数存在した。リフレ政策は一度踏み出すとやめるのが難しいことを象徴している。
次ページでは、その後に起こった経済現象と、最近の日本で見られる「日本国債は一度もデフォルト(債務不履行)していない」「自国通貨建てならば国債は今後もデフォルトしない」といった主張の誤りについて言及する。








