最大の問題は責任の所在
何でも会議で話し合って決めることの弊害として、時間を取られて現場の仕事に支障が出るとか、機動的な行動が取れないといったことが指摘されたりする。それもあるが、何といっても一番の問題は、責任の所在があいまいになるということだ。
会議で決めた通りの方針に従って問題が生じると、「会議で決まった通りにやっているのだから」ということで、誰もが「自分の責任で行動している」といった当事者意識を持っていない。
現場の自己判断に任せられているなら、問題が生じたら自分の責任になるわけだから、真剣かつ慎重に判断し、責任感を持って動くだろう。だが、会議で決めた方針通りに動くということになると、あまり真剣に考えずに惰性で動いてしまいやすい。
会議で決まった通りに現場で進めようとして、支障が出る場合がある。そこで、考え直すように声を上げても、「でも、会議で決まったんだから、余計なこと言わずに、その通りにしていた方がいいんじゃないですか」という意見が出て、スルーされがちだ。
このように、会議にかけることで責任の所在が曖昧になるため、おかしなことが通りやすいのである。
責任の分散心理を示す実験
これでおわかりのように、会議でおかしなことが通りやすいということの背景にあるのが、責任の分散心理である。
責任の分散心理は、心理学の世界においては、援助行動に関する多くの研究で実証されてきた。
たとえば、宛先が書いてあり切手も貼ってあり、あとは郵便ポストに投函するだけの封書をわざと学生寮の廊下に落とすという実験が行われた。宛先は研究者の住所になっているので、何通届くかが援助行動の指標になる。
落とした手紙の到着率は、平均58人が入居している小規模学生寮で100%、平均166人が入居している中規模学生寮では87%、平均529人が入居している大規模学生寮では63%となり、寮の規模が大きいほど援助行動は起こりにくいことが実証された。そこに責任の分散心理が絡んでいると解釈された。
つまり、居住者が多い場合ほど、自分がやらなくても誰かがやるだろうと、誰もが当事者意識を持ちにくく、責任感が分散するのである。
私も、人通りの多い都心部の駅前と人通りの少ない郊外の駅前で同様の実験をしたが、人通りの少ない郊外の駅前で落とした封書の到着率が明らかに高かった。
他の事例もある。たとえば、けがをしたと思われる女性に気づいたときに援助行動をした率も、1人しかいないときは70%なのに対して、2~3人いるときは40%と低い。また、廊下に煙が見えたときに通報するかどうかを見る実験でも、通報率は1人しかいないときは75%なのに対して、2~3人いるときは38%と低い。
自分しかいないと思えば「自分が何とかしなくちゃ」と当事者意識が活性化され、責任感が意識される。それに対して、他にも人がいる場合は、「自分がしなくても誰かがするだろう」と責任感が分散してしまうのである。



