巷では「DX」「DX」の大合唱が呪文のように続いています。しかし現場からは、「仕事が増えただけで売上はなかなか上がらない」という悲鳴が聞こえてきます。そんな悲劇を解決すべく、1000社以上の問題を解決してきたITコンサルタント・今木智隆氏が書き下ろしたのが『DX沼からの脱出大作戦』(ダイヤモンド社)です。本連載では、さまざまなデジタルの「あるある」失敗事例を挙げながら、なぜそうなってしまうのか、どうしたら問題を解決できるのかをわかりやすく丁寧に解説していきます。ECサイトやSNSの運営に携わっている現場の方、デジタル広告やデジタルマーケティングに関わっている現場の方はぜひご一読ください。

「KPI」に振り回されて何をやっているのかわからなくなるおバカさんPhoto: Adobe Stock

「データはいっぱい取っているのですが、どれが重要かはわかりません」

 ウェブマーケティングによく登場する用語として、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)があります。これは目標を達成する上で重要な指標のことで、本来は、事業がどんな状態にあるのか、何を改善すればよいのかを客観的に表したものでした。ところが、もっと精緻に分析しようと思い始めると泥沼に引きずり込まれていきます。

 例えば、英会話学校がコンバージョン数をKPIに設定したとしましょう。このKPIをさらに細かく分解し、「英会話 やり方」や「英会話 初心者」といった検索キーワードごとに分解してみる、次に参照元のサイトとそれを掛け合わせて、どういう人がアクセスしやすいかを調べてみる、電話で問い合わせてきたかメールで問い合わせてきたかで分けてみる、どのプランで申し込んだかで分けてみる……。
 弊社にも、こうした分析依頼がたびたび寄せられます。

「コンバージョンをKPIにしているのですが、昨年比ではチャットでの問い合わせからのスコアが106パーセント、紙の資料請求からのスコアが92パーセント。後者の減少が課題だと思っていますが、どうでしょうか」などと大真面目に聞かれたりすることがあります。これは今時のユーザーは紙の資料を取り寄せなくなっているというだけの話でしょう。

 細かくデータを出してくる依頼者に、「御社にとっていちばん重要な指標はどれですか」と尋ねると、「データはいっぱい取っているのですが、どれが重要かはわかりません」と返ってきたりします。
 物事をわかりやすく捉えるための指標であったはずのKPIだけでは不十分で、やっぱりもっと抽象化した「KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)」が必要じゃないか、いやいやもっと目標と達成度をわかりやすくするために「OKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果)」を使うべきじゃないか。

 会議で役員が無邪気に「あの指標はどうなってるの?」と聞こうものなら、担当者は真剣にその指標を精緻化しようとする。それぞれの指標はツールとして上手に使えば役に立ちますが、何のためにやっているのかということを見失っていると、意味のない数字だけがひたすら量産されることになってしまいます。

 こういう作業はいくらでも増やしたり続けたりできますが、はたしてそれは売上に繋がっているのでしょうか。
 先に挙げた例で言えば、KPIなどの指標を分析するより、「資料はもう紙で送らなくてもいいんじゃないか」といった議論をしたほうが、よほど建設的だということだってありえます。

※本稿は『DX沼からの脱出大作戦』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。