錦織圭、マリア・シャラポワ、大坂なおみ、ネリー・コルダ……指導した数々の選手を世界トップレベルに導いてきたトレーナー界のカリスマ、中村豊。彼に指導を受けた選手たちは、アスリートとして大幅なステップアップを遂げています。
中村はトレーニングによってのみ身体能力が向上するわけではなく、必要なのは「トレーニング」「リカバリー」「栄養」の3つのメソッドだと語ります。そして、この3つを適切に行えば、一般の人でも身心が健全に整い、若さを持続できると主張するのです。その実践方法を分かりやすく具体的にまとめたのが、中村の初著書『世界最高のフィジカル・マネジメント』です。本連載では同書から「世界トップの選手に対する指導法」や「そこから導き出した誰もが健全な身心を獲得できるメソッド」をお伝えしていきます。
2003年、元ソニー副社長の盛田正明の支援によって「世界レベルの日本人テニス選手を育てる」という壮大なプロジェクトがスタートしました。そしてニック・ボロテリー・テニスアカデミー(現IMGアカデミー)で指導していた中村トレーナーの元に3人の少年が送られてきたのです。中村はそのなかに、一際光る才能を見出したのですが……。

『世界最高のフィジカル・マネジメント』:基礎トレーニングの重要さを理解した錦織圭左から内山靖崇、著者、ニック・ボロテリー(IMGアカデミーの創設者)、錦織圭。2007年、ニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて(写真:著者提供)

錦織圭の卓越したセンス

 カプリアティとの契約も無事終了、さてこれからは自分で独立して仕事を始めようかと考えていたところに、ハリーホップマン・テニスアカデミーで共に仕事をしていた桜井隼人(さくらい・はやと)コーチと米沢徹(よねざわ・とおる)コーチから、お話をいただいたのです。盛田ファンドから3人のジュニアテニスプレーヤーをニック・ボロテリー・テニスアカデミー(現IMGアカデミー)に送り込むことになった。ついては、トレーニング担当を探しているので興味はあるか? と。2003年のことです。

 盛田ファンドというのは、元ソニー副社長の盛田正明(もりた・まさあき)さんが立ち上げた、日本の有能なジュニア選手を発掘し、世界レベルのテニスプレーヤーに育てるという壮大なプロジェクトです。

 日本からトッププロを、というのは自分がなしえなかった夢の実現でもあり、願ってもないチャンスでした。その時に日本からやってきた3人が、富田玄輝(とみた・げんき)、喜多文明(きた・ふみあき)、そして錦織圭(にしこり・けい)でした。

 みな13歳~14歳でほぼ同年代の、まだ幼さが残る中学生。正直その時にはこの中から世界トップレベルの選手が育っていくなんて想像もしていませんでした。なぜなら当時の日本人の世界ランク最高位は松岡修造(まつおか・しゅうぞう)さんの46位。修造さんは体格にも運動能力にも恵まれ、日本人のウィークポイントだったサービス力も抜群。その上、テニスに対しての情熱も人一倍という、これほどの逸材は日本のテニス界には二度と現れないだろう、というくらい突出した存在だったわけです。

 やってきた3人はプレーの能力は非常に高かったけれど、修造さんほど体格に恵まれていたわけではありません。だから、盛田ファンドにおいても、松岡修造に続く世界ランク100位以内の選手の育成、というのが現実的な目標でした。

 ただ、身体は小さかったけれど、錦織のテニスセンスがずば抜けていることは一目瞭然でした。身体の動かし方、ラケットを握った時の雰囲気……彼の最大の武器はボールをひっぱたけるという部分です。自分が叩き込もうと思った時にミスをせずにハードヒットできる能力。練習でなら可能ですが、実際の試合で躊躇なく行えるのは、まさに天性の才能だと感じました。

 たとえればピッチャーが160キロのストレートを投げられるとか、ゴルファーがドライバーで350ヤード飛ばすといった、努力しても得ることができない生まれ持った特別な才能です。

トップを極めるプレーヤーが持つ
勝者の思考法

 また、錦織はとてもクレバーなプレーヤーでした。ある日、息抜きに生徒達に5対5のサッカーをさせたことがありました。錦織はサッカー経験もあると聞いていたので、どんなプレーをするか楽しみに見ていました。すると錦織はみながボールを追いかけているというのに、その輪から外れたところにポツンといることが多いのです。しかし、よく見ていると、彼はフィールド全体を見てポジションを取り、どうしたら点を取れるかを考えながら動いていることが次第に理解できました。本当にスポーツIQの高い子だと感心したものです。

 そんな錦織もアカデミーにやってきた当初は、トレーニングにはあまり熱心ではありませんでした。僕はテニスにとって重要なのは下半身だと考え、ランニングを重点的に取り入れていました。しかし、錦織はコート内でのプレーが好きなタイプなので、ランニングはマイペースで、他の練習ほど真剣に身を入れません。そこで僕が走るということの重要性をしつこく説くうちに、次第に彼も理解してくれるようになったのです。そして走るトレーニングを繰り返すことで、実際にスピードが変わることに気がついてからは、本当に真剣にランニングを行うようになりました。

 トレーニングが実際のプレーの幅を広げてくれるということに気がついてから、僕のアドバイスもしっかり聞いて、それを上手に取り入れてくれるようになったのです。強くなるという目的には恐ろしいほどに貪欲である、まさにトッププレーヤーが必ず備えている資質を持っていたわけです。

強いプレーヤーと弱いプレーヤーの
決定的な違いは何か

 錦織の強さについて、当時僕が一緒に指導していた喜多文明君がインタビューでこんな面白いことを語っていました。「圭は競った場面、緊張する場面で、それまでの内容を理解してさらに一段上のプレーができる。いちかばちかでも、守りに入るのでもない。その感覚は僕には分からなかった」(スポニチアネックス)

 彼らがアカデミーにやってきた頃、3人に実力的な差はありませんでした。でも強くなる選手というのは、重要な場面で一段上のプレーができるものです。これは僕がプレーヤー時代にも感じていたことです。試合に勝つ選手というのは必ず大切なポイントを取ることができる、この感覚がどうしても僕には持てなかったのでプレーヤーを諦めた部分もあります。

 例えばテニスのトップ10と100位以内のプレーヤーとの間に技術的に大きな差はありません。それでも、この両者が対戦すると勝つのはトップ10プレーヤーなのです。そういった部分にも注目してプロスポーツを見てもらえると面白いと思います。

(本原稿は中村豊『世界最高のフィジカル・マネジメント』から一部を抜粋・編集して掲載しています)