根拠なく整理解雇通知を示唆
違法性高い対応に弁護士が警鐘

 下図は、人事部トップと社員との面談(初回~第4回まで)でのやりとりだ。

 社員Aさんは退職勧奨期間に従来の業務を外され、自宅待機となった。基本的に出社は面談時のみで、実質的に職場から隔離された状態に置かれていた。

 初回と2回目の面談で提示された選択肢は、「異動」か「退職」の2つ。Aさんは退職を拒否し、社内異動を希望していた。

 しかし、第3回の面談以降、状況は一変する。人事部トップは「社内に異動先はない」と明言し、事実上、退職を唯一の選択肢として提示した。

 その上で、「社内に残っても給料を下げる話になることがある」と不利益を示唆。「会社としては次の転職先を探してほしい」「Aさんのように求められていない環境で過ごすうちに、諦める人がほとんどだ」と述べ、退職を前提とした面談が続いた。

 Aさんはこれに対し、ジーニーのプライム上場審査における労務リスクを指摘し、「この話が外に出たらまずいという認識はないのか」と反論。人事部トップも「上場企業としても、プライム審査の観点でもリスクはある。それは間違いない」と認めながら、「だからこそ納得してほしい」と退職を促す姿勢を崩さなかった。

 同社の人事部や法務部で共有されているという退職勧奨マニュアルには、「本人が退職しないと表明した場合は、それ以上の面談は行わない」と明記されている。退職を拒んだ社員に面談を続ければ、退職強要と見なされるおそれが高くなるためだ。

 しかし実際には、Aさんが1回目と2回目の面談で「退職しない」という意思を明確に示した後も、退職勧奨の面談は続行された。

 5回目の面談では、内容がさらに踏み込んだものになった。人事部トップは「整理解雇通知を出すこともオプションとしてあり得る」と発言し、退職を拒めば解雇や法廷での争いに発展する可能性を示唆した。

 これに対しAさんが「他の社員は、このままだと解雇されると言われたら自主退職を選ぶのか」と尋ねると、「もちろん、そういう人もいる」と応じている。

 スタートアップの労務問題に詳しい後藤亜由夢弁護士(東京スタートアップ法律事務所)は、「整理解雇を示唆して退職を迫る行為は違法性が高い」と指摘する。

 「整理解雇の要件は厳格なので、上場企業はよほどの理由がなければ整理解雇はできない。このような要件が満たされる根拠なく整理解雇をちらつかせて圧力をかける退職勧奨は違法性が高く、社員側がこれを信じて退職の意思を示した場合は、当該退職の意思表示が無効又は取消となった裁判例もある」(後藤弁護士)

 さらに、人事部トップ自身が「グレーだという認識はある」と発言しており、違法性を自覚しながら面談を続けていたこともうかがえる。

事実であれば「元社員に謝罪したい」
外部専門家を取り入れ対策を徹底

 ダイヤモンド編集部が退職強要の疑いについて質問書を送付したところ、ジーニーからは「ご質問の趣旨の発言をしたことはございません」「根拠なく整理解雇を示唆した事実はございません」との回答があった。

 同時に、工藤智昭社長自ら取材に応じたいと申し出があり、同社の顧問弁護士同席の下で取材が実現した。

 回答書では一貫して退職強要の事実を否定していたが、取材で工藤社長は態度を軟化させた。「人事部にもヒアリングしたが、本人の記憶が曖昧で、そこまでは言っていないだろうというのが会社の認識だ」と説明。「対象者との行き違いやミスマッチはあったとしても、かつてジーニーに在籍してくれていた社員。(退職強要が)ないと信じたいが、もしあったのなら対象者に謝罪したい」と述べた。

 また、同社の人事部や法務部で共有されているという退職勧奨マニュアルも提示された。退職勧奨を適法に進める制度は整備していたと説明し、「プライム上場に向け、ガバナンス面も強化している。証券会社のアドバイスもあり、従業員アンケートでハラスメントや問題あるコミュニケーションがないかどうかを定期的に確認している。問題があれば役員会で議論し、外部専門家と連携して体制を強化している」と語った。

 続けて、今後の対応については「人事部には教育を施したつもりだったが、(退職強要が事実であれば)足りなかった部分もあるかもしれない。今後は再教育を徹底し、必要に応じて外部の専門家を入れてコミュニケーション対応を確認してもらうことも検討する。退職勧奨の面談記録はAIなども活用して正確に残し、全て法にのっとった対応が行われるよう社員に保証していく必要がある」と反省を述べた。

 上場企業は、社会からの信頼を礎に市場で活動している。だからこそ、自社に潜む法的リスクやレピュテーションリスクを正確に把握し、適切な措置で未然に防ぐことは、上場企業としての基本的な責務である。

 にもかかわらず、ジーニーでは“グレー”だと自覚した退職勧奨面談を止められなかった。プライム市場を目指すどころか、グロース上場企業としての資格そのものを問われかねない事態だ。

 工藤社長が語った反省と今後の対応は、ジーニーだけの問題ではない。退職勧奨を実施する全上場企業が、自社の労務管理やガバナンスの在り方を見直し、同様の問題が潜んでいないかどうかをチェックする契機とすべきだ。

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