「今年は勝負の年だ」職場をむしばむ言葉ワースト1、その超意外な理由とは?
戦略コンサルやシリコンバレーの経営者、MBAホルダーには、共通点があった。「伝える内容を1つに絞り、1メッセージで伝えて、人を動かす」ということ。プレゼン・会議・資料作成・面接・フィードバックなど幅広い場面で成果を上げるノウハウをまとめた書籍『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』から一部抜粋して紹介する。
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「今年は勝負の年だ」のようなスローガンは無意味だ
職場では、新たな方針を掲げるときなどにスローガンが作られる。たとえば、新年度を迎えるときなどには、経営陣やリーダーから「今年は勝負の年だ」のようなスローガンが発表されることがある。
しかし、職場でよく掲げられるその「今年は勝負の年だ」のようなスローガンは、多くの場面で無意味だ。
「今年は勝負の年だ」は「否定に開かれていないスローガン」だ
その「今年は勝負の年だ」のようなスローガンが無意味な理由は、それが「否定に開かれていないスローガン」だからだ。「否定に開かれていないスローガン」とは、否定しようがない掛け声のことだ。否定しようがないので正しいことは正しい。しかし、正し過ぎて当たり前で、伝えられた相手はなにも新しい意味を見出せない。このため、そのようなスローガンを言われても、誰の行動も変わらないのだ。
たとえば、「今年は勝負の年だ」の「勝負」とは、全力で頑張るという意味だと考えてみよう。では、その職場では昨年までは全力で頑張らなくてよい年だったのだろうか。そんなことはないだろう。このため、普通の職場であれば、毎年いつも「今年は勝負の年だ」なのだ。また、「勝負」というのが全力で頑張るという意味なのではなく、なにかしらの大事なイベントがあるという意味だとすると、「今年は大事なイベントがある年だ」と言っているだけで、事実を述べているに過ぎず当たり前で、なにも新しい情報がない。
このため、経営陣やリーダーが「今年は勝負の年だ」と言ったところで、メンバーからしたら「頑張るしかないのは変わらないから、当たり前で、なにも新しい情報がない。気合を見せたいだけの精神論だな」としか思えず、なにも意味を感じないので、欠伸のきっかけにしかならない。もちろん、明日からの行動もなにも変わらないのだ。
「否定に開かれていないスローガン」を言ってばかりだと、害ももたらす
そして、その「今年は勝負の年だ」のような「否定に開かれていないスローガン」をリーダーが掲げてばかりいると、意味がないだけではなく、害ももたらす。
「今年は勝負の年だ」のような「否定に開かれていないスローガン」には新しい情報や意味がないため、それをリーダーから聞かされた相手は、それを“形式的”なものだとしか思えない。職場でリーダー自ら率先して“形式的”なことに時間を割いていると思われると、その職場には“形式的”で意味がないことに時間を割くのが許容される文化ができていく。結果的に、メンバーたちも“形式的”だが意味のない作業や報告をして形だけの仕事をするようになり、職場の生産性が落ちていくという害が生まれたりもするのだ。
「否定に開かれていないスローガン」は、百害あって一利なしだ
「今年は勝負の年だ」のような「否定に開かれていないスローガン」を掲げるのは、百害あって一利なしだ。スローガンを掲げるのであれば、当たり前ではない「否定に開かれたスローガン」を掲げてみよう。否定に開かれているので異論や反論などの議論を呼ぶが、そんな尖ったものだからこそ職場のみんなに伝わり、そのような議論を通じて理解も深まり、職場の人たちの明日からの行動を変えたりもするだろう。
たかがスローガン、されどスローガン。どのような言葉を掲げるか次第で、職場に形式的な文化を生んでしまうこともあれば、みんなの行動を変えることもあるのだ。
(本原稿は『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』を一部抜粋・加筆したものです)









