日本史を振り返ると、最初から恵まれた立場にいた人物ばかりが名を残したわけではない。絶望的な境遇から這い上がった人もいれば、一度はどん底に落ちながら歴史に名を刻んだ人もいる。本稿では、日本史上「最も逆転人生だった人物」ベスト3を紹介する。(ダイヤモンド社書籍編集局・三浦岳)
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第3位:川上貞奴――芸者から世界的スターへ
明治時代の日本には、いまのような「女優」という職業はまだなかった。そんな時代に、日本初の女優として世界にその名を知られることになったのが川上貞奴である。
もともと芸者だった彼女が世界的スターへの道を歩むことになるとは、誰も予想していなかっただろう。
きっかけは、決して華やかなものではなかった。夫の川上音二郎が海外興行中に苦境に立たされ、貞奴は突然、舞台に立つことになったのだ。以下は、本郷和人監修『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋である。
『芸者と武士』という演目で狂気の芸者を演じた貞奴は「なんて素敵なジャパネスク!」と大絶賛され、日本初の女優として世界中で知られるようになりました。――同書より
追い込まれた末の舞台出演が、世界的な成功につながった。「1900年にはフランスのパリ万博でも演技を披露し、貞奴の着物風ドレスは『ヤッコドレス』とよばれ、フランスで大流行するほどに」なったという。
さらに、巨匠ピカソも貞奴をスケッチしたり、「考える人」のロダンにはモデルを頼まれるも「露探(ろたん=ロシアのスパイ)」と勘違いしてその場で断ったというエピソードも同書で紹介されている。
舞台経験ゼロの芸者の身から、やがてパリ万博の舞台に立ち、世界的な名声を手にしたその歩みは、日本のエンターテインメント史に残る快挙といえるだろう。
第2位:尾形光琳――没落から生まれた巨匠
尾形光琳は、京都の裕福な呉服商の家に生まれた。若いころは恵まれた暮らしをしていたが、やがて転落が始まる。
さらに光琳の子どもを産んだ女性にうったえられて家1軒と示談金を支払うことになり、遺産をわずか数年で使い果たしてしまいます。――同書より
普通なら、そこから人生は下り坂になりそうだ。しかし光琳は、そこで本格的に絵の道へ進むことになる。
こうして落ちぶれ人生から名作を生み出し、琳派の巨匠として名を残したのです。――同書より
裕福な商家の跡取りとして生まれながら、遺産を使い果たしてしまった光琳。しかし、そのどん底から始めた挑戦が、後の日本美術を代表する流派の一つを生み出すことになったのだ。
第1位:豊臣秀吉――超貧乏から超金持ちへ
豊臣秀吉は、身分の低い家に生まれながら、最終的には天下統一を成し遂げ、関白にまで上り詰めた人物である。家柄や血筋が重視された時代に、これほどの出世を遂げた人物はほかに見当たらない。
織田信長に仕えた秀吉は、戦場だけでなく人心掌握にも優れていた。信長の死後はライバルたちとの争いを制し、ついには天下人となる。
そのころの秀吉がどれほど大きな権力と財力を手にしていたかがわかるのが、次のエピソードである。
現代でいう約63億円もの金銀を積み上げ、たった一日で武将や公家たちにばらまいたのです。――同書より
かつては身分の低い家に生まれた秀吉だったが、武将や公家たちに巨額の財を与えられるほどの権力者になったのである。こんなエピソードも紹介されている。
この茶室は持ち運びもできたため、京都の北野天満宮で開いた北野大茶の湯にも「黄金の茶室」を持っていき、身分の高い人から庶民まで1000人を超える人たちに、千利休たちとともに茶をふるまったといわれています。――同書より
身分の低い家に生まれながら、ついには天下統一を成し遂げて関白にまで上り詰めた。その劇的な人生は、まさに日本史上最大級の逆転人生といえるだろう。
(本稿は、本郷和人監修『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』に関連したオリジナル記事です)









