学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。同書より特別に一部を紹介します。取り上げるのは、芸者から日本初の女優となり、そのエキゾチックな美貌で世界を虜にした川上貞奴です。

【芸者から女優へ】世界を熱狂させた「日本初の女優」の数奇すぎる人生とは?イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)

「日本初の女優」として世界を魅了する

 川上貞奴は、のちの総理大臣・伊藤博文などの有力者が推していた日本一の芸者でした。

 芸者時代、ひそかに岩崎桃介という学生と恋に落ちますが、この初恋は実らず、自由民権運動で有名だった俳優の川上音二郎と結婚。

 政府をおちょくる舞台で何度も投獄された音二郎は、自由を求めてアメリカ公演を行います。

 はじめ貞奴は舞台裏で手伝いをするだけでしたが、興行師に全財産を持ち逃げされた音二郎に「芸者なら踊れるだろ!」とムチャぶりされ、アメリカで初めて舞台に立つことに

 江戸時代に女性が舞台に立つことが禁止されたため、日本には女優がいませんでしたが、アメリカでは女優が人気だったのです。

『芸者と武士』という演目で狂気の芸者を演じた貞奴は「なんて素敵なジャパネスク!」と大絶賛され、日本初の女優として世界中で知られるようになりました

 1900年にはフランスのパリ万博でも演技を披露し、貞奴の着物風ドレスは「ヤッコドレス」とよばれ、フランスで大流行するほどに。

 貞奴は帰国後、もっと女性が舞台で活躍できるよう「帝国女優養成所」を作り、若い人たちを育てました。

(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)