「情報の手軽さ」に潜む落とし穴
いまはインフルエンサーが発信した情報を誰もがインターネットで見ることができます。海の向こうのはるか遠く、地球の裏側の情報だろうと、インターネットにつながってさえいれば受けとることができる時代です。
――『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』より
――『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』より
私たちは今、指先一つで地球の裏側のニュースを知ることができます。しかし、手軽に手に入る情報は、すでに誰かのフィルターを通した「わかりやすい情報」になりがちです。
他人が「いいね」と言ったものを消費するだけの受け身の姿勢では、自分自身の確固たる価値基準や審美眼を養うことはできません。
便利なツールがない時代の「思考の深さ」を学ぶ
しかし、小林の世代が生きていたのは、西洋の文化が日本にやってくるようになって、わずか数十年のころ。AI(人工知能)の翻訳機はもちろん、グーグルの検索機能、携帯電話すらありませんでした。
――『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』より
――『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』より
AIや検索エンジンがなかった時代、未知の文化を理解するには、膨大な時間をかけて原書と格闘し、自らの頭で必死に考えるしかありませんでした。しかし、その「不便さ」が、物事の奥底にある本質を見抜く深い思考力を鍛え上げていたのです。
ここで私たちが学ぶべきノウハウは、便利なツールを使いこなしつつも、あえて「自分の頭で深く考える時間」を意図的に設けることです。AIが出した答えを鵜呑みにせず、自らの教養と価値観に照らし合わせて情報を吟味する。
ひと手間を惜しまない姿勢が、情報過多の時代を勝ち抜く本物の知性となるはずです。



