「知識」を深めるだけでは、真の教養とはいえません。人生やキャリアを激変させるのは、一流の存在に触れたときに湧き上がる「圧倒的な熱量」です。スマホもSNSもなかった時代、電話帳を頼りに「知の巨人」へ突撃した高校生の破天荒な実話とは? 著書『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』をもとに、便利すぎる現代人が見落としがちな、人生を切り拓く行動力と教養の真髄に迫ります。
イラスト:塩井浩平
小林秀雄(こばやし・ひでお 1902~1983年)
東京生まれ。東京帝国大学文学部仏文科卒。代表作は『様々なる意匠』『無常といふ事』『モオツァルト』など。近代日本文学の発展に大きく貢献した文芸評論家。日本ダイヤモンド株式会社を設立した技術者・小林豊造の長男として生まれる。父がヨーロッパ土産で買ってきたレコードなどの影響で、学生時代から音楽が好きだった。昭和4(1929)年、総合雑誌『改造』の懸賞評論に応募した『様々なる意匠』が入選。これを皮切りに、文学のみならず、絵画や音楽、骨董品などさまざまな対象を評論した。その功績により昭和42(1967)年、文化勲章を受章。昭和58(1983)年に肺炎により81歳で死去。
東京生まれ。東京帝国大学文学部仏文科卒。代表作は『様々なる意匠』『無常といふ事』『モオツァルト』など。近代日本文学の発展に大きく貢献した文芸評論家。日本ダイヤモンド株式会社を設立した技術者・小林豊造の長男として生まれる。父がヨーロッパ土産で買ってきたレコードなどの影響で、学生時代から音楽が好きだった。昭和4(1929)年、総合雑誌『改造』の懸賞評論に応募した『様々なる意匠』が入選。これを皮切りに、文学のみならず、絵画や音楽、骨董品などさまざまな対象を評論した。その功績により昭和42(1967)年、文化勲章を受章。昭和58(1983)年に肺炎により81歳で死去。
ある高校生が「知の巨人」に突撃した理由
ビジネスパーソンにとって「教養」の重要性が叫ばれて久しい昨今。しかし、ただ本を読んで知識を詰め込むだけでは、真の教養とはいえません。
人生やキャリアを大きく変えるのは、一流のものに触れ、心が突き動かされたときの「行動力」です。そこで、若き日のあるエピソードから、現代の私たちが忘れてはならない「熱量」の正体に迫りましょう。
■人生を決定づける「一流」との出会い
私は多くの作家の影響を受けてきましたが、小林秀雄の評論文を読んだことが「文芸評論を書こう」と思った大きなきっかけとなりました。それは高校生のときのことです。
――『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』より
――『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』より
ビジネスでも学問でも、自分の進むべき道を決定づける瞬間には、必ず「圧倒的な一流」との出会いがあります。日本の近代批評を確立した小林秀雄の文章は、多感な高校生に「自分も書きたい」と思わせるほどの引力を持っていました。
本物の教養とは、単なる知識の羅列ではなく、このように人の心を根底から揺さぶる力を持っているのです。
「痛い高校生」の非常識な行動力
そして、「批評の神様」と呼ばれていた小林に憧れ、本人に会いたいと思い、本人の自宅に電話してみたのです。どうか、おかしなヤツだと思わないでください。
――『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』より
――『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』より
憧れの人に会いたい。その純粋な思いから、なんと直接自宅に電話をかけるという行動に出ます。現代の感覚でいえば「痛い高校生」と思われるかもしれませんが、この「常識の枠を超える行動力」こそが、ビジネスの世界でもブレイクスルーを生み出す原動力になります。
頭で「どうせ無理だろう」と計算する前に、まずは一次情報(本人)に直接アクセスしてみる。この無鉄砲さの中には、仕事で新たな道を切り拓くための重要なノウハウが隠されています。


