この穴をどう埋めるのか。ジャペックスには、シェルが提供するはずだった資金とノウハウの全てを肩代わりすることはできない。それができるのは、ペトロナス。しかし、それではペトロナスが主導権を握ることになり、オペレーターの座を譲らざるを得ない。果たして鈴木は、どう決断したのか。

 入札の結果が告げられた。ガラフ油田はジャペックスとペトロナスの連合が落札。しかしオペレーターの座についたのは、ペトロナスだった。オペレーターを譲っても、イラクに足がかりを築けば企業として貴重な経験を積むことができる。それが鈴木の決断の理由だった。

国を挙げての総力戦。
政府も積極的な資源外交でバックアップ

 一方、直接交渉で獲得を目指したナシリーヤ油田はどうなったのか。 ナシリーヤ油田は、獲得できれば日本の石油消費量の10%を賄うことができる巨大油田だ。

 イラクとの秘密交渉が始まったのは、2005年。イラク暫定政府の首相が、サマーワで活動していた自衛隊の派遣延長を求めて来日した時だった。その夜開かれた晩餐会に招かれたのが、新日本石油(現JXホールディングス)の渡文明会長(当時)だった。イラク側に要望するならいまがチャンスだと促されたという。

 渡会長は、当時を振り返りこう語る。

「当時は小泉首相で、イラク側に対し、何か(話は)ないかと。そこで、原油を優先的に日本に頂けないだろうかと言った」

 それに対しイラク暫定政府の首相は、「自衛隊派遣の恩は忘れない」と発言したという。

 日本政府もバックアップに動いた。国の石油戦略を担う経済産業省、石油天然ガス課の平井裕秀課長も今回のチャンスは絶対に逃せないと考えていた。

 サウジアラビアとクウェートの沖合にあるカフジ油田。戦後、日本企業が海外で初めて権益を獲得した油田だが、2000年、日本はサウジアラビアとの契約の延長に失敗。政府は有効な手立てを打つことができなかった。平井は、この穴を埋めるためにも今回の交渉を積極的にサポートしようと考えたのだ。

 政府は積極的な資源外交を展開した。2008年6月には甘利経済産業大臣、翌年1月には安倍元首相が相次いでイラクを訪問。その結果、候補として提示されたのが自衛隊の駐屯地、サマーワから最も近いナシリーヤ油田だった。

イラクのしたたかさを
見抜けなかった日本の誤算

 イラクとの具体的な交渉は、新日本石油(現JXホールディングス)を中心とする企業連合に委ねられた。その先頭に立つ大野木龍之介部長は、去年8月、公開入札の説明会が開かれていたイスタンブールに飛んだ。

 大野木は、説明会に出席していたイラクの石油相と接触し、密かに交渉を行うつもりだったのだ。経済産業省の平井も駆けつけた。日本チームはイラクへの3000億円規模の支援策を用意していた。

 交渉が始まって1時間半後、突然、私たちは入ることを許された。石油相は提案に同意したのか。

「すぐにバグダッドで契約をまとめる作業に移りましょう」