引退会見後、国技館から自宅へと戻る車の中で、NHKの独占インタビューに答える朝青龍。その表情からは、相撲に対する未練も感じられた。

 「この道しかなかったんじゃないですか」

 優勝した大相撲初場所から、わずか11日後の2月4日。第68代横綱・朝青龍が引退した。引退会見後、国技館から自宅へと戻る車の中にいた、NHKのカメラ。朝青龍の単独インタビューを収めた。10分足らずのインタビューの中で、朝青龍は本音を語った。

 「どこかで仕方ないだろうと思う。でも挑戦したかった・・・記録に」

 29歳の横綱は、どんな思いで引退を決断したのか。相撲協会は朝青龍に何をつきつけたのか。そして、朝青龍が相撲界に残した功罪とは――。単独インタビューを軸に、朝青龍・電撃引退の舞台裏をドキュメント。勝負と伝統のはざまに揺れた横綱の実像に迫った。

呼び出しからわずか2時間。
朝青龍が引退を決意するまで 

運命の2月4日。日本相撲協会の理事会に呼び出された朝青龍。まさかこの2時間後に引退会見をすることになるとは夢にも思っていなかった。

 単独インタビューの3時間前。朝青龍は国技館に呼び出されていた。行なわれていたのは日本相撲協会の理事会。朝青龍の処分について話し合われることになっていた。理事会では急遽、朝青龍を呼び出して直接話を聞こうということになったのだ。

 初場所で25回目の優勝を果たし、優勝回数で史上単独3位としていた朝青龍。来場所以降に向けて意欲を燃やしていた。それだけにこの日の呼び出しは思いもよらないものだったと言う。理事会からの呼び出しを受けた後、朝青龍からNHKの記者に電話がかかっている。

 「そっちはどんな状況だ? 俺はどんなことを聞かれるんだろう?」

 不安な胸のうちをもらした。

 突然の引退。引き金となったのは、初場所6日目の後。酒に酔った朝青龍が、未明の繁華街で知人の男性に乱暴したとされる問題だ。これまで数々の問題行動が目立っていた朝青龍。今回の問題について、どう責任をとらせるのか。朝青龍を呼び出した理事会は、まず問題の経緯について説明を求めた。

 「酔っていて覚えていない」

 朝青龍はこう弁明した。理事会は納得しない。自らの進退についてどう考えているのか、朝青龍を問いただした。

 「もう少し時間が欲しい」

 最初は落ち着いていた朝青龍の表情は、徐々にこわばっていった。朝青龍が一旦退席した後、返事を待つことなく理事会は決をとった。「引退を表明しなければ解雇する」。外部理事2人を含めた12人の理事のうち、7人が賛成の意向を示した。理事会は、かつてない程の強硬な姿勢を見せ始めていた。

 そこには、日本相撲協会の諮問機関である、横綱審議委員会の意向が関わっていた。昭和25年に発足して以来、一度も出したことがない「引退勧告」が用意されていたのだ。引退勧告書には「朝青龍は横綱の品格を著しく損なっている」との厳しい意見。相撲協会には自浄作用が求められていた。