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アマデウスたち

矢野貴章
日本代表期待の大型ストライカー

週刊ダイヤモンド編集部
【第34回】 2008年6月20日
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矢野貴章
写真 加藤昌人

 Jリーグにおいて浦和レッズに次ぐ平均4万人近い観客動員数を誇るアルビレックス新潟。子どもから年配者まで熱心にスタジアムに足を運び、「地方都市の奇跡」といわれることもしばしばだ。

 その“顔”となった身長185センチメートルの大型ストライカーは、抜群の運動量を誇り、フォワードながら守備にも貢献する。献身的なサッカースタイルが前日本代表監督、イビチャ・オシム氏の目にとまり、2007年、日本代表デビューを果たす。強豪スイスを相手にした試合で初ゴールを決め、チームを勝利に導いた。決定力不足に泣く日本代表期待の右足として、矢野貴章の名は一気に全国区となった。

 日本代表メンバーとしてアジアカップに遠征していた2007年7月16日、マグニチュード6.8の大地震が新潟を襲う。中越地震からわずか3年。たび重なる被災に打ちひしがれるサポーターたちを思い、心を痛めた。震災後初のホームゲームとなった8月15日の名古屋グランパス戦。開始34分に渾身のシュートをゴールネットにたたき込む。いつもはクールな矢野が、スタンドに走り寄り、左袖に付けた「がんばろう新潟!」のワッペンを指さして、観客の熱狂に応えた。「自分はサッカーしかできないから、それでみんなを勇気づけたかった」。中学3年生のときに父を亡くし、プロ一年目で大けがに見舞われた。逆境を乗り越えてきた強さが、ゴールへの執念を支えている。

(ジャーナリスト 田原 寛)

矢野貴章(Kisho Yano)●Jリーガー(アルビレックス新潟)。1984年生まれ。小学校2年生でサッカーを始め、中学校時代はジュビロ磐田のジュニアユースチームに所属。2003年、浜名高校卒業後、柏レイソルに入団。2006年、アルビレックス新潟に移籍。2007年3月、ペルー戦で最年少フォワードとして日本代表デビューを果たす。

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