なぜ、そこまでして事業を継続せねばならないのか。いったい、誰のための事業なのか。そんな疑問を抱かせる公共事業が宮崎県中部の農村で現在、進行中だ。国と県が進める「尾鈴地区土地改良事業」である。
川南、都農、高鍋の3町の畑地約1580ヘクタール(約1600戸)に水を引くもので、国が農業用の「切原ダム」や幹線水路、県が支線水路と給水栓をそれぞれ整備する土地改良事業だ。総事業費は約390億円に上る。
1996年に着手された国の事業は順調に進み、2011年度に完成予定。一方、県の事業は01年に着手されたものの、農家の反発を受けて足踏み状態に。営農に必要な水は確保されており、コストのかかる水はいらないというのが、農家の言い分だ。
土地改良事業はそもそも、農家からの申請によって進められる事業で、対象区域農家の3分の2以上の同意が必要。尾鈴地区土地改良事業は区域内を10地区に分け、県営事業の同意を得られた区域から順次、事業着手という手筈だが、現時点で一区域のみ。しかも、事業着手の区域内からも中止を求める請願が県知事あてに出されるなど、異議申し立ての声が根強い。
こうした状況にあわてふためいているのが、地元自治体。とりわけ、対象地の約85%を占める川南町は必死だ。新たな水はいらないと拒む農家に対し、説得工作を重ねている。その切り札として持ち出したのが、農家の負担を町が肩代わりする策だ。土地改良事業では、受益農家が工費などの応分を負担する。また、整備された施設の維持管理や運営に伴う経費も、農家からの負担金で賄うことになっている。農家にとって実質的な“水代”である。
同意を拒む農家に対し、川南町が四月に提示したのが「開閉栓方式」という奇想天外な案だ。町負担で給水栓を設置し、農家が開栓しなければ、負担金の支払いは不要というものだ。工費や経常経費の不足分はすべて、町が税金で肩代わりするというのである。
これでは、水を使うための土地改良ではなく、税金を使うための事業と言わざるをえない。
(「週刊ダイヤモンド」委嘱記者 相川俊英)