インベスターZで学ぶ経済教室『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第134回は、本番で最大のパフォーマンスを発揮するためのメンタル管理術を指南する。

「もっと頑張れば」より大事なこと

 主人公・財前孝史は不動産投資対決の敗因を振り返る。油断して詰めが甘くなって「勝利の女神」に見放されたこと、ルールに縛られて発想が小さくなったこと、そして何より藤田家の御曹司・慎司の気迫に押されたことを反省する。

 財前の敗因分析はそれなりに的を射たものだが、最後の「気迫で負けた」には疑問符がつく。もちろん何事においても気迫は重要だが、ベクトルを間違えれば空回りに終わる。財前の本当の敗因は目標が「慎司に勝つこと」だとはき違えてしまったことだろう。

 勝負だから勝つことを目標するのは当然と思うかもしれない。しかし「勝利」自体は自分でコントロールできない。それは相手の出来不出来とのバランスで決まるものでしかない。特に、今回の不動産投資対決のように、相手の選択・戦略に干渉できないタイプのゲームでは、自分にできることは「ベストを尽くす」しかないのだ。

 慎司は今回、自分でも説明不能な衝動に背中を押されて、期せずしてジャッジ役の大富豪・塚原為之介の心を動かした。プレゼン冒頭で負けを認めたのが示すように、蛮勇をふるったとき、慎司の頭に勝ち負けは消えていたはずだ。そんな相手にどれだけ「負けない」と決意を固めても財前に勝ち目はなかっただろう。

 気迫が足りなかったという精神論は敗北の教訓としては浅い。「もっと頑張れば」ではなく、「どう頑張るか」が見えてこなければ、同じ失敗を繰り返す。努力の空回りを避け、正しいベクトルに向けるためには適切な心の構えが必要だ。

メンタル管理で重要な「見極め」のルール

漫画インベスターZ 16巻P7『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 私は30、40代のころ、趣味のビリヤードに生かすためかなりの数のメンタルトレーニング関連の本を読んだ。

 一番参考になったのはゴルフだった。「止まっている球を対戦相手に邪魔されずに打つ」という点、技術と同じくらいかそれ以上にメンタルコントロールが重要という点でビリヤードとゴルフはよく似ている。自分がベストを尽くすのが最善の戦略となるタイプのゲームだ。

 ビリヤードに限らずアマチュアの競技では、試合で普段の実力を十分出せないケースが多い。言い換えれば「いつも通り」ができれば十分に勝機がある。それを実現するカギは普段からのメンタルトレーニング、本番でのメンタルコントロールにある。それはビリヤードやゴルフに限らず、仕事や投資、プライベートの場面でも大いに役立つ。

 詳しくはnoteの投稿「メンタルトレーニング 初心者から実践すべき『ゾーン』に入るための5つの鉄則」を参照いただきたいのだが、最大の要点は「コントロールできること」と「コントロールできないこと」の見極めにある。後者に気がそれてエネルギーを浪費しないよう、前者に集中する。

 そのためには普段の練習から意識の向け方のベクトルを定着させる必要があるのだが、その際に有効なのがルーティンの確立だ。

 打席に入るバッターやゴルファーのショットの前の一連の「儀式」を思い浮かべると分かりやすいだろう。メンタルは文字通り心理的要因だが、コントロールのカギは身体操作にある。機械的に手順が「普段通り」のスイッチを入れる回路となってくれる。

 根っこの部分には気迫や根性が必要であり、それが無ければ話にならない。だが、それをパフォーマンスに生かすメソッドは、精神論ではなく、技術だ。技術だからこそ、トレーニングを通じて習得し、向上させることができる。

漫画インベスターZ 16巻P8『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 16巻P9『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク