今回、『定年後』(中公新書)を書くにあたって「定年後、家庭に戻ってくる夫の話を取材している」と言うと、学生時代の友人は、「50代で単身赴任生活から戻ってくると家がリニューアルされて玄関のそばにあった部屋が自分の部屋になっていた」と語りだした。

『定年後 50歳からの生き方、終わり方』
楠木新著
中公新書 定価780円(税別)

「部屋を作ってもらうなんていいじゃないか」と私が言うと、彼は「いや。どうやらリビングに私を入れるのが嫌なようだ。実際夜遅くに帰ってきて、朝早く会社に行くので家族と顔を合わせないこともある」のだそうだ。

 彼は60歳を超えても勤めていた会社の子会社で働いている。また母親が介護を要する状態なので、ときどき実家に寝泊まりして面倒を見ることがあるらしい。

 彼によると、妻がその話を友達にすると、「60歳を超えても働いてくれて、介護のために家にいないなんて、最高のパターンじゃない」と言われるのだそうだ。

 私たち2人は、「何が最高のパターンや」と話し合っていたのだが、ひょっとすると、各家には妻がすでに“防空識別圏”のような目には見えないバリアを張り巡らせているのかもしれない。夫の「電話が長い」、「こんなに遅くまで、どこをほっつき歩いているのだ」といった発言が戦争状態を喚起するのは、そのためだ。

 私が取材した人たちは必ずしも夫婦仲が悪いわけではない。今まで会社を唯一の居場所にしてきた夫が、ずっと家にいる状況がいろいろな問題を醸しだしているのだ。

 こういう具合に考えてくると、「亭主元気で留守がいい」という大日本除虫菊株式会社(キンチョー)の「タンスにゴン」のCMコピーの素晴らしさを改めて感じるのである。

(ビジネス書作家 楠木 新)