「いつかは、その日が来る」。それはだれもがわかっているが、近づかないとピンとこない。いつまでも「この仕事」が続くかのように感じていても、それは、いずれ終わる。60歳が定年だとすると、家族の扶養義務からも解放されて、かつ他人の介助も受けずに裁量をもって活動できる75歳位までは案外と長い。それを「黄金の15年」にできるなら人生の後半戦として素晴らしいものになる。では、その15年をどのように生きるか。また、その時が来てから慌てないために、いつから、どんな備えをすればいいか。(ビジネス書作家 楠木 新)
中高年社員の居酒屋談義
年度末に60歳で定年を迎える2人を含めた5人の中高年会社員が居酒屋で話し合っていた。2人は定年退職か雇用延長のどちらを選ぶかを2ヵ月後には決めなければならないタイミングだった。雇用延長を選択すれば給与は大幅に下がるが65歳まで同じ会社で働くことができる。
Aさんは、「今まで38年間働いてきて疲れた。一旦は60歳の年度末で退職して区切りをつけたい」と言いながら、「結果として雇用延長に手を挙げるつもりだ」と矛盾することを言い出した。
ほかの4人がAさんに質問していくと、「退職して毎日家にいることに妻が耐えられないそぶりを見せている」らしい。面と向かって言われることはないが、雰囲気で強く感じるのだそうだ。「単身赴任も長かったので、家に自分のスペースがなく最近は妻に頭が上がらない」と笑っていた。
翌春に同じく定年を迎えるBさんは、「退職した先輩たちに話を聞いてみると、家にいても行くところは図書館か書店くらいなので、会社に勤めているほうがまだ健康にもいいと話していた。俺も延長を申請するつもりだ」と語りだした。
居酒屋での会話はずっと盛り上がっていたが、皆が一瞬静まり返った瞬間があった。妻の希望を受け入れて60歳以降も働くことになるというAさんが、「自分の親父は60代後半で亡くなった。それを考えると残りはあと10年だ」と語ったのだ。
その発言を聞いたときに、全員の頭に浮かんだのは「エッ、あと10年? 残りの人生はそんなに短いのか」という共通した思いだった。「妻が許さないから」「健康に良いから」といった理由で会社に残る選択が、残りの人生の短さに見合ったものではないことを各自が感じ取ったのである。