◇「誰もが受け入れられる場所」を作る

 「注文をまちがえる料理店」には、プロジェクト発起人からスタッフまで、飲食にまつわる仕事をした経験のある人はほとんどいなかった。しかしたとえスタッフに経験がなく、認知症で記憶力が弱っていても、人と接することは身体が覚えている。サポートメンバーもそれほど肩肘張らずに、大変そうに見えたら手伝いをするという姿勢を保った。そして何よりも一緒に笑ったり、楽しんだりすることを大切にした。

 認知症の状態にあるスタッフだけでなく、来店するお客さんの中にも、障がいを抱えていたり、病気を患っていたりと、さまざまな背景を持った人がいた。だが普段の生活で不便を強いられることも多く、悩みも絶えない人たちが、おいしい料理を目の前に笑いあえる場所。それはたしかに存在していたのだ。

 料理店のオープン前に、従業員一同で確認し合ったことがある。それは「働く人も、お客さまも、裏方も、やってよかったねと笑って帰れるようなレストランにする」ことだ。その言葉の通り、誰もがそこにいることを受け入れられるような、自由な空気が料理店に満ちていた。

【必読ポイント!】
◆「注文をまちがえる料理店」のつくりかた
◇人として「普通に生きる姿」を支えるために

 「注文をまちがえる料理店」の裏方では、認知症介護のエキスパートである和田行男さんの大きな尽力があった。

 和田さんは首都圏を中心に20カ所以上の施設を統括するマネージャーだ。和田さんが管轄する施設では、夜間以外鍵をかけないというスタイルを取っている。鍵をかけないので、「入居者が外出して行方がわからなくなる」といったトラブルはなかなかなくならない。それでも認知症を抱えた人たちが、身体をイスやベッドに拘束され、施設から出られないという状況を作りたくないと和田さんは語る。

 和田さんがめざしてきたのは、「人として“普通に生きる姿”を支える」介護だ。たとえ認知症の症状が出ていたとしても、その人がその人であることに変わりはない。和田さんがマネジメントするグループホームでは、施設から700メートル離れた市場で入居者が買い物をする。その姿はどこにでもいる主婦そのもので、はじめは「厄介だな」と思っていた市場の人たちも、やがて「普通だ」と受け入れるようになったそうだ。

「厄介者」が「普通」と受け入れられるその感覚に、大事なヒントが隠れている――グループホームの取材を通して得られた著者の原体験が、「注文をまちがえる料理店」の立案に繋がったという。

◇大切にしようと決めた「2つのルール」

「注文をまちがえる料理店」プロジェクトに参加するメンバーが集まって打ち合わせを始めたとき、その中身を具体的にしていくため、2つのルールが決められた。ひとつは「料理店としてのクオリティ(オシャレさ、美味しさ)にこだわる」こと、もうひとつは「間違えることは目的ではない。だからわざと間違えるような仕掛けはやらない」ということだった。

「注文をまちがえる料理店」というからには、料理店としての体裁をしっかり整えなければならない。もし“いいこと”をしているという意識が少しでもあると、そこに甘えが生じる危険性がある。「いいことをやっているのだから」という甘えが入ることで妥協が生まれてはならない。注文しても間違った料理が出てくるかもしれないのだから、どの料理もかならず美味しいこと、料理を楽しめる明るくおしゃれな雰囲気であることにはこだわらなければならなかった。