いずれの事件も、発覚すれば厳罰は免れない。共通するのは動機が安易で、両事件を手掛けた捜査幹部の「不可解。あんな理由で、あんな大それたことをするか?」という疑問だ。そんな疑問を抱くのは捜査幹部だけではなく、一般市民、弁護士、判事も同様である。

 大口病院の事件では、供述に基づいた証拠が裏付けられれば、立件はスムーズだろう。しかし、容疑を認めている久保木容疑者が弁護士のアドバイスで否認に転ずれば、綿密な立証が求められるのは言うまでもない。否認に転じる可能性は「厳罰(死刑の可能性を含め)は必至」だからだ。

 守受刑者が逮捕された直後、当番弁護士として接見したのは、大手弁護士事務所で修業する身の「軒先弁護士」だった。手に負えないと感じた軒弁は所長に相談。阿部弁護士に白羽の矢が立ったという経緯がある。

 久保木容疑者が厳罰を恐れ、否認に転じることになれば、捜査も若干の軌道修正は免れないだろう。

性善説、薬物のずさんな管理

 両事件の決定的な共通点がある。

 いずれも凶器とされた「筋弛緩剤」「消毒液」は病院関係者であれば誰でも手にできるなど管理はずさんで、防犯カメラも未設置だったことだ。悪意があれば、いつでも誰でも犯行に及ぶことができる環境にあった。